3月11日
邦人、ラスベガスで金品盗難
[ラスベガス10日]
10日夜、米国ネバダ州ラスベガスを旅行中の日本人Aさん(28)が宿泊中のラスベガス大通りにあるゲイトウェイモーテルに外出から戻ったところ、室内が何者かによって荒らされているのを発見、同地の警察署に通報した。
被害者のAさんによると宿泊中のモーテルを3時間ほど外出した間に何者かが部屋に侵入し、金品を持ち去ったらしい。室内には被害者の持ち物が散乱しており、鍵をかけていた鞄は切り裂かれ、中を改められて金目のもののみが盗まれたという。
盗まれたものは以下の通り。
旅券(パスポート)、現金 約10万円、旅行者用小切手 米ドル2400ドル分(約30万円)、カナダドル5000ドル分(約55万円)、カメラ、ウォークマン、腕時計、クレジットカードなど。
つづく
前略、
サンタ・モニカからサン・ディエゴを廻り、ロサンゼルス経由で早朝にラス・ヴェガスのバス・ターミナルに到着した。1時間ほど明るくなるのを待って安宿に投宿し、夜行バスでよく眠れなかったので早速ベッドに入った。
昼過ぎに起きてまわりをぶらぶらして宿に帰って旅人たちと話をしていたら、英語の「エイ」というところを「アイ」と発音する男がいた。オージー(オーストラリア人)かと思って尋ねたら、イギリス人だという。では、ロンドンからかと聞くと、そうだと答えた。
エディというその男は25〜30歳くらいで、国では牧場で働いていて牛の乳を搾ったりしているらしい。彼と話しているうちに彼はこの後、レンタカーを借りてグランド・キャニオンに行くつもりだということが分かった。
ぼくもこの後はそこへ行くつもりだったので、彼に車代をシェアするから一緒に乗せていってくれないかと頼むと、彼はすぐにオーケーしてくれた。その後、同じ宿にいたドイツ人も行きたいというので、みんなでシェアして次の日にでも出発しようと、話はとんとん拍子に進んだ。
その夜はカジノ見物ヘ。「サーカス・サーカス」などを見物する。
次の朝、エディに起こされてグランド・キャニオン行きを1日延ばして次の日にしたいといわれる。こっちは全く急いでないので、いいと答えて、そのまま再び眠った。
昼前に起きて、昼食をエディと食べに行く。ここではコンヴィニエンス・ストアのセヴン・イレヴンにもスロットマシンがある。彼は前の晩、カジノでスタッド・ポーカーをしてかなり儲けたということだ。
ラス・ヴェガスは砂漠の真ん中にある街なので毎日晴天だった。そこは周りの全く不毛な土地に比べれば、少しは「肥沃な平原(Las Vegas=スペイン語)」だったらしい。そんな明るい太陽の下で、ぼくは日光浴、エディはやたらと電話ばかりしていた。掛ける金もない旅人は明るいうちからカジノに行く気になんかならないのである。
宿でエディと雑談をしていたら、彼の財布からイギリス・ポンドの紙幣が出てきた。彼はそれをぼくに見せ、ぼくにも日本のものを持ってたら見せてくれないかというので、荷物の底から引っ張り出して1万円札を彼に見せてやった。
その日の夕方になって、エディがモーテルに宿を移ろうと言い出した。明日はグランド・キャニオンに向けて朝早く出発したいから、そのほうが便利だというのだ。ぼくはモーテルに沿まるほどの余分な金はないからといって反対した。
彼は宿代は自分が出すからというので、そこまでいうのならと近くのモーテルに移った。
夜になると、外出していたエディが帰ってきて、面白いバーがあるから行かないかと誘ってきた。少し行ったところにトップレス・バーがあるそうだ。モーテルの時と同じ理由で断る。 すると、彼はまた金は自分で出すからといい出した。
その日、彼はやたらと気前がよかった。カジノでよほど儲けたのだろう。結局、それまで泊まっていた宿で一緒だったスウェーデン人も誘って行くことになる。
バーはフロアに三つほどの小さな円形のステージがあって、そこで女の子が順番に入れ代わりながら踊り、客は酒を飲みながらそれを見物するようになっている。バーは大しておもしろくなかった。胸ばかりやたらでかい白人娘の裸を見ても全くいやらしい感じがしないし、それに裸といっても見せるのは胸だけなのである(これはトップレス・バーなのだから当たり前)。
女の子はエディがチップをはずんだので、我々の目の前で踊ってくれたりしたが、ぼくは退屈していた、全く退屈していた、本当に退屈していた。本当だ!
やがて、やはり退屈したのかスウェーデン人が先に帰り、しばらくして我々も店を出た。エディは自分はカジノに寄って行くがといって、ぼくに先に帰るかと尋ねた。ぼくはエディがどんな風にカジノで儲けてるのか見たいと思ったので一緒に行くことにした。
エディはしばらく手を上げてタクシーを止めようとしていたが捕まらず、しばらくして金を補充するために、一旦モーテルに帰ることにした。ぼくとエディは歩いてモーテルに戻り、エディはポケットから鍵を出すと部屋のドアの鍵を開けた…
つづく
前略、
ミャンマーのシャン州、インレー湖畔の町ニャウンシュエに滞在していたときのこと。
現地の安宿に投宿するとフランス人のおじさんが泊まっていた。非常に明るくて活発な人で話しているうちに元ダンサーで今は振付けやパフォーマンスのプロデュースなどをしているひとだということが分かった。
さらに話をしているとたまには俳優もやっていて映画にも出ているという。
「ドーベルマン」に出ているというのだ。
「ドーベルマン」といえば日本でも1998年に公開されたヤン・クーネン監督のフランスのそこそこの大作映画である。
でもその映画は見ていなかったので、どうせちょい役で少し出てるくらいだろうと高をくくって、どのへんにでているのかと訊いてみると、いろんなところにでている、刑事の役だというので驚いた。
とはいうものの実は少し半信半疑だったので、帰国してから早速DVDを借りて見た。
ちゃんと出ていました。
彼の行ったとおりたくさん出ていました。
まず、オープニングのクレジットから名前が出てくるのだから主要人物といっていい。
まあ、物語に深くかかわる行動をするわけではないのだけれど、なんどもでてきて台詞ももちろんありました。
彼の名前はIvan Merat-Barboff。
[写真はミャンマーの宿「Queen Guesthouse」の人といっしょのイヴァン/「ドーベルマン」のなかでの彼]
草々
前略、
カナダで果敢にも単身でヒッチハイクをしていた女の子は、ある若い男の車に乗せてもらった。
走り出すと運転手は彼女のことをきれいだとしきりにほめ始めた。男は何度もそれを繰り返し、次に部分をほめだした。目がきれいだ、髪が…、と様々な部分をほめ続けた後、胸がきれいだなどといい始め、さらにこう切り出した。
「ちょっと、そのきれいな胸に触ってもいいか」
彼女がすぐに丁重に断ると、途中で車を下ろされてしまった。
ヨーロッパで別の女の子は、ある場所にヒッチハイクで行った帰り、再び拾った別の車が行きとは違う狭い道路に入っていき始め、そのことについて尋ねても、運転手の男たちは「大丈夫」としかいわず、頼んでも車を止めてくれなくなったので、怖くなって、車のスピードが落ちた時に飛び下りて逃げた。
ある男はアメリカでアメリカ人の旅行者と知り合い意気投合し、そのアメリカ人の車に乗せてもらい旅をしていた。
ある日、その車が故障したというので、しばらく二人でレンタカーを借りることにした。アメリカ人はクレジット・カードを持っていなかったので(アメリカではクレジット・カードがなければレンタカーを借りることはできない)、男のクレジット・カードで車を借りた。
その次の日、そのアメリカ人は男の名義で借りたレンタカーと共に消えてしまった。
警察に届けるとそのアメリカ人は国立公園を放火した前科のある連邦犯罪の前科者ということだった。
その後、レンタカー会社が車は男の名義で借りたのだから、男にすべての責任があるといって賠償を求めてきたので、彼は土地の弁護士に相談しなければならなかった。その弁護士によると男には責任はないので、早くこの州から出てしまいなさいと勧められ、そうした。
別の男はヨーロッパで大型トラックを拾った。
しばらく走っているとトラックの運ちゃんがズボンのジッパーを開けながらこういってきた。
「なめてくれないか」
男が断ると運ちゃんはあっさり引き下がったが、すぐにこう続けた。
「じゃあ、おまえのをなめさせてくれないか…」
草々
前略、
入国審査の順番が廻ってきた。いくつかの質問の後、係官が職業を尋ねてきたので、ぼくが仕事はやめたと答えると、彼は理由を尋ねてきた。
「フォー・マイ・ロング・トラベル」
英語は得意でないぼくは、自分のこの長期の旅をするためにやめたという意味でそう答えた。すると係官は自分の胸を押さえながら再び尋ねた。
「どんなトラブルだ?」
「ノー、ノー、トラヴェル!」
ぼくはあわてて下唇を噛む「V」の発音に気を付けながら訂正した。
しかし、後で考えると問題はVの発音だけではなかったようだ。
彼が「どんなトラブルだ」と尋ねた時に片手で胸を押さえていたのは、ぼくの答えの「ロング」を「ラング」(Lung=肺)と聞き取ったためだとわかった。彼はぼくの答えを「肺病のためだ」と受け取ったのである。
このことは、ぼくを少し落ち込ませたが、入国審査官に対してでたらめな受け答えをするというのは、実は悪いことではない。入国審査官が最も気を使っているのは、外国人が不法に長期滞在して働くことなので(これは当時のお話。現在はもちろんテロ関係であることはいうまでもない)、英語がうまく話せるとアメリカで働くことができる奴と見なされるのである。入国審査の時は分かっていても質問を訊きかえし、ヘたな英語で答えたほうがいいのだ。
しかし、その前にぼくは仕事をやめたと答えている。これはもちろんよくない答えである。この国で新しい仕事を探し、一発当ててやろうとしているのかもしれないと思わせるのに十分だからだ。そうはいっても、日本の会社員に長期の休暇が取れないことはかなり知れわたってしまっているので、長期旅行をする場合には答えに気をつけなくてはならない。
他には「この国に友人はいるか」という質問にも気を付けなくてはならない。友人宅に長逗留されるのを恐れているのだろう。もちろん、いないと答えたほうがよい。とにかく、自分は善意のの観光旅行者だということをよく分かってもらわなければならないのだ。
草々
前略、
ルーマニアを旅していたときの話である。
闇両替がまだ行われていたこの国では、観光客の多い大きな街にはたくさんの闇両替屋が通りに立って外国人に声を掛けていた。
両替所の前には特に多く、だます奴も多いというので、相手にしていなかったのだが、両替所を探していたときに、数人で立っていた若者のグループにレートを訊いてみた。
「650」
これはほとんど公定レートと変わらないので相手にせず、立ち去ろうとすると、いきなり800レイに上がった。これは非常にいいレートである。そこでものは試しに、そこで街頭での闇両替に挑戦してみることにした。20ドル両替するというと、彼らは不平を言った。
「もっとたくさん。50か100ドルだ」
それならもういいと、再び立ち去ろうとすると、彼らは簡単に折れた。
「オーケー、ノー・プロブレム」
彼らは20ドル分の16000レイを先にぼくに渡して確認させた。確かにあることを確認して20ドル札を渡す。
「ちょっと、待った」
隣にいた仲間の男がそういって、その札を取り上げた。
「それをよく見せてくれ。この札はちょっと変だ」
そう言いながら、男は紙幣を手の上で折りたたみ始めた。
「こら、こら、やめろ。折り畳むのをやめろ!」
その仕草は何かで読んだことがあったのだ。ぼくは16000レイをもう一人の男に突き返すと、男の手を取ってたたんだ札をしっかりと握ったその掌を無理矢理に開かせて、20ドル札をもぎ取った。
彼らはぼくがレイを返していたのにもかからず、もぎ取った札を取り返そうとしたので、彼から取り返してくしゃくしゃになった札を見てみると、そこには2枚の紙幣があった。ぼくの渡した20ドル札と、どこからか不思議な力によって彼の掌に湧き出てきた魔法の1ドル札だった。
ぼくはその1ドル札を握りつぶして通りに捨てると、そこを立ち去った。彼らはそれをあわてて拾うと、ぼくに悪態をついた。
彼らの手口は渡した現地通貨を相手に確認させて安心させて、取り引き成立と見せかけておきながら、相手の札も自分たちが確認するという名目で折りたたみ、この札は偽札かもしれないから両替はできないといって、札を突き返して現地通貨を取り戻すのである。返された札を後でよくみると、それは折り畳んだ時にすり替えられた1ドル札になっていて、その頃には連中は消えているという寸法である。
この方法はどの札も似たような色とデザインのアメリカ・ドルの場合のみ有効である。
その昔は現地通貨のほうに細工する手口が多かったようだ。単純に少ない金額を渡したり、すでに廃止された紙幣を混ぜたり、インフレが進んで価値はないが単位は大きい外国の紙幣を混ぜたりしたらしいが、いまでは旅人は用心深くなり、もらった紙幣を確認するようになったので、これらの手口は廃れてあまり行われなくなり、より手の込んだ方法が考案されたのである。
ある黒海沿岸の観光地でも、たくさんの闇両替屋たちが外国人旅行者たちに声を掛けていた。
通りの闇両替屋に声を掛ける気はもうなかったので、すべて無視して歩いていたのだが、そのうちの一人がやたらとしつこく後ろを付いてきて両替を勧めてきた。断っていると10ドルでも5ドルでもいいといい出した。そんなことを自分からいいだすやつは珍しなと思いながらも断っていたが、それでもまだ付いてくる。あまりしつこいので、そいつを巻くために大通りから折れて細い小道に入っていった。
しかし、それは失敗だった。そいつはあきらめずについてくると、ポケットからルーマニアの札束を出してみせて金は持ってるからというのだった。すると、突然、後ろから黒いサングラスを掛けた男が駆け寄ってきて叫んだ。
「ポリース!」
その男はポケットからIDを見せると、闇両替屋が持っていた札束を没収するとポケットに入れ、ぼくの腕を凄い力でわしづかみにした。
サングラスの男は再び、叫んだ。
「パシャポルト!」
どうやらぼくに旅券の提示を求めているようである。闇両替屋もおとなしく出したほうがいいというようなことをいっているようだ。しかし、ぼくは逮捕されるようなことは何もしていないのである。
「なぜぼくが旅券を見せなければならないのか。あんたは本当に警察か」
ぼくが彼にそう尋ねると、彼は再びIDを出すと、素早くその一部分を指差してみせた。その部分には確かに警察という意味らしき「…politie…」というようなルーマニア語が見えたが、彼はすぐにそれをボケットにしまってしまった。その間も彼はぼくの腕をしっかりとつかんで放さない。
「もっとちゃんとそのIDを見せてくれ。中も見せろ」
そういったが、彼はその中身をほんの一瞬、開いて見せただけで、すぐに閉じてしまった。
そのあまりに不自然な態度で、ぼくは彼が警察でないことが確信できた。
「ふざけるな。失せろ!」
そいつの腕を振り払って悪態を付くと、警察官と闇両替屋は「二人なかよく」雑談しなが残念そうに並んで去っていった。
彼らの手口は両替自体でだますのではなく、闇両替屋がカモにまともに闇両替をさせておいて、そこを警察役の奴が踏み込んで、違法行為であると両者の金を没収、あるいは逮捕すると脅して罰金を取り、後で分けるというようなもののようだ。そのため、5ドルでも10ドルでもいいといったのである。
これは当時のガイドブックにも載っていない新しい手口だった。
彼らはぼくが1ドルも両替をしなかったのにも拘らず、せっかくのカモであるし、ひょっとしたらうまくいくかもしれないと幕を上げたようだ。
警察役の男が見せたIDには楕円の中に「RO」の文宇が入ったマークが付いていた。これは車がどこの国の登録かを表すために車体につけるマークだから、あのIDは(「警察署」発行の)運転免許証だったと思われる。
気を取り直し、再び街を歩き出して30分後のこと。
「セニョール、チェンジ・マネー? セニョリータ?」
なぜかイタリア語を混ぜながら話しかけてくる別の闇両替屋が付いてきた。
適当にあしらっていると別の男が走ってきて叫んだ。
「ポリース!」
「………」
そこには詐欺師の親睦会かギルドか何かがあって、月に1回ほど集まって研究発表会を行なっているに違いない。同じ手口はトルコでも聞いたというから年に1回はジュネーブのホテルで国際詐欺師学会が開かれて意見の交換をしているのだろう。インターネットにフォーラムがあるのかもしれない。
草々
前略、
ぼくは移動手段に選択の幅がある場合、タクシーよりバス、バスより列車、列車より船というように、より車体、船体の大きい、自由に動ける範囲の広いもの(しかも安ければいうことない)が好みで、飛行機は大きな海を越えるとき以外なるべく使わないようにしている。
飛行機は嫌いなのだ。
しかし、怖いからとか落ちるからとかが理由ではなく、乗ること以外の部分に嫌いになる理由が多い。
飛行機に乗るには事前に予約をしなければならず、同じ路線でも時期や航空会社、代理店によって値段がかなり違うのが面倒で、まず気に入らない。
そして空港はどこの国でも町から離れたところにある(でも成田より遠い空港ってあるの?)。
空港へも出発の1時間も2時間も前から空港に行かなければならないし、空港内は食べ物などが高いのが気に入らない(マクドナルドの安売りキャンペーンもだいたい空港ではやっていない)。
そしてこれはなぜかは分からないし、ぼくだけかもしれないのだが、空港にいる搭乗客がみんなバカみたいに見えるのだ。バス・ターミナルや駅ではそんなことは感じないのにどうしてだろう。へんにうれしそうではしゃいでいるからだろうか。
搭乗手続きでは大きな荷物は託送荷物として預けなければならない。自分の大事な荷物を手放して他人に預けるのが気に入らないし、荷物の中身が一部なくなったり、壊れたり、違う飛行機に積まれて何千キロも離れた知らない場所へ運ばれていってしまうことがあるのも気に入らない。
出国審査を済ませると、機内持ち込みの荷物の検査がある。ガスやオイルなどの可燃物、火薬、刃物、銃器などが持ち込めないのは当たり前だが、カメラの電池が持ち込めなかったこともあり気に入らない。ちなみに、水銀式の体温計なども本来持ち込み禁止である(なんで?)。
それらを済ませ、なんとか搭乗口までたどりつく。座って待っていると、ここでいつも必ずぼくの理解できない不思議なことが起こる。まだ開いてもいない搭乗口の前で、並んで待つ人が現れるのだ。それもかなりの数の人が何分も何十分も前からぞろぞろと並び始める。すでに搭乗手続きを済ませて、搭乗券を受け取り、座席の指定も受けているのに、搭乗口の前でぼけーっと立って待つことに何か意味があるのだろうか。
搭乗手続きのために早く来て並ぷのなら分かる。窓際に座りたいとか、通路側がいいとかの希望がある場合以外にも、航空会社はいつもキャンセルを見込んで予約を実際の席の数よりたくさん受けている(オーバー・ブッキング)ので、予約していても早く搭乗手続きしないと乗れないこともあるという(全く気に入らない)。その場合でも運がよければ、ビジネス・クラス、あるいは、ファースト・クラスに追加料金なしで乗せてもらえる場合もあるそうだ(それなら許そう)。
しかし、搭乗手続きをしてしまえばそういうことはない「はず」である。最近は爆弾テロなどを防ぐなど理由で、託送荷物を預けた客が全員搭乗したことを確認するまで出発しないことになっているほどなのである(どうしても客が現れなければ、その客の託送荷物を下ろして飛ぶ)。
いい加滅な三流の航空会社になると、搭乗手続きの際には席を指定しておきながら中は自由席ということもあるから、その場合は、まあ一応、並んで先に機内に入り込むことに利点がないことはないのだが、その他に利点があるとすれば、機内の新聞や雑誌を先に読めるというぐらいしかぼくには思い付かない(日本の新聞や雑誌をおいている航空会社には滅多に乗らないぼくにはこれもほとんど関係がない)。
いつも一番最後に乗り込むぼくが知らないだけで、なにか素晴らしい利点があるのであれば是非、教えてほしい。
機内に乗り込んでも、エコノミー・クラスの席はグレイハウンド・バス並みに窮屈で、出入りがしずらいのが気に入らないし、飛行機は始終出発が遅れ、よく欠航し、時々ひどく揺れ、たまに墜落し、まれに撃墜され、宇宙人に拉致されたりするのが気に入らない。
でも、本当をいうとぼくはまだ飛行機でトラブルらしいトラブルにはあったことはないのですが。
草々