アイ・オー・データ機器 WN-G54/R3。
 無線LANルーターを買うことになるとは思わなかった。現在使用中の古いパソコンは無線LANカードを入れれば対応しているけれども、古くて遅い規格にしか対応してないし対応カードももう売っていない、マシンは電話線とモデムの近くに置いてるし、無線LAN対応のパソコンを買ったとしても部屋はワンルームだし、無線なんか必要ないと思っていたのだが。
 アップル純正の無線LANベースステーションは高いので、お手軽で安いのを選択(5000円弱)。
 ワンルームにすむ者がなぜ無線LANルーターなんかを買ったのかというと…。


前略、



 スカイプ始めました。USB接続の受話器も買いました。
 USB端子に接続すれば認識されました(MacのキーボードのUSB端子でも大丈夫でした)。
 スカイプの “Preference…” を開いて、”Audio” の “Audio output” を接続した機器に設定します。”Audio input” は、うちには入力装置が今回接続した機器しかないので自動的に選択されています。
 スカイプネーム “echo123″ さんに電話をかけてみる。
 ”echo123” にかけると自動応答でお姉さんが答えてくれて、ピーと音が鳴ったらこちらの話すことを録音してくれて、10秒後にもう一度音が鳴ったあとにそれをそのまま再生してくれる。これで音声の入出力がうまくいっているかがテストできるというわけ。
 試してみたところ、お姉さんの声が大きすぎた。スカイプの “Preference…” ではレベル調整ができないので、Mac OS Xの “System Preference…(システム環境設定)” の “Sound(サウンド)” の “Output(出力)” を接続した機器に切り替えて、レベルを調整する(最大になっていたのをかなり下げた)。調整が済んだら、”Output(出力)” はコンピューター本体のスピーカーに戻しておく(これ重要!)。
 ついでに必要ならマイク(入力)のレベルも調整する。
 再び、”echo123″ さんに電話をかけて、うまくいくまで繰り返す。

 音声のレベル調整がうまくいったら、今度は “echo123” さんとチャットをしよう。
 彼女はチャットの相手もしてくれる。といっても、こちらが文章を送ると、イギリスの日時を打ち返してくれるだけだけれども。でも、こちらが”callme”(コールミー。スペースなし)と送ったときだけは違うことをしてくれる。こちらに電話をかけてきてくれるのだ。
 これでスカイプの着信のテストもできるというわけだ。ここで着信音がどこから出ているか注意。コンピューター本体のスピーカーから出ているだろうか。そして、電話を受けた時は、接続した機器からお姉さんの声が聞こえるだろうか。
 スカイプはうまく作られていて、音声出力が2系統以上あって、OSの出力は本体のスピーカーに、スカイプの出力は会話する機器(ヘッドセットなど)に設定されていれば、呼び出し音は本体のスピーカーから、会話は会話用の機器でできるようになっている。
 これは音声出力が2系統以上ないとできないので、コンピューターにもともと1系統だけある音声入出力端子にヘッドセットなどを接続して使う場合は困ったことになると予想される。ヘッドセットをつないでいると、着信音がヘッドセットからしか聞こえないし、ヘッドセットをはずしていると、着信音は本体のスピーカーから聞こえるけど、会話するためにいちいちヘッドセットを本体に接続しなければならない(ということですよね? 勘違いしていたらすみません)。
 これだともともと音声入出力端子があるコンピューターでも、ちょっと奮発してUSB接続の音声入出力装置を買ってみるくらいのメリットはあるかもしれませんね。
 これでやっと音声通話の準備はできましたが、まだナマの人間とはお話しできていません。まだスカイプ仲間が一人なのです。

草々

[音声通話成功編につづく]
初代 iPod touch でSkypeする。

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iPod touchでローカルに保存したウェブサイトをみる」でlighttpdを利用して、ローカルに保存したウェブサイトや画像、pdf、ワード、エクセルファイルなどを見る方法を紹介した。
 またlighttpdの設定ファイルを書き換えることで保存したファイルやフォルダーのリストを表示する方法も書いたのだが、表示される文字が小さくいちいち拡大するのは面倒だった。
 1.1.3のジェイルブレイクの情報をいろいろ調べているときに偶然いい記事をみつけた。

「MobileSafari用のディレクトリ/ファイルブラウザを「ローカルWebアプリ」として作る」

 ローカルに保存したファイル・フォルダーを閲覧できるウェブアプリで、マックのファインダーのコラム表示みたいな感じで閲覧できる。
 ただし、PHPで作られているので、lighttpdに加え、PHPのインストールも必要(インストーラー経由)。
 PHPをインストールしたときに説明が出ますが、/etc/profile を書き換えてパスを通します(ってどういう意味かわかっていないのだけど、とりあえず参考サイト)。
 さらにlighttpdでPHPを実行できるように /usr/local/etc/lighttpd.conf を書き換える(参考サイト)。
 で、/var/root/Sites 以下の適当な場所に上記サイトの directory_index をコピーして、ウェブブラウザーでアクセスすれば、上のように表示され階層を上り、下りし、ファイルをブラウザーで表示できます。階層のトップをウェブクリップなんかしとけば便利ですね。


前略、

 愛機パワーマックG4キューブが何ヵ月も前から調子が悪くなっていた。
 ある日、突然起動しなくなり、本体から「カーン、カーン」「カカカカカカッ」という異音がしだした。もうこれは逝ってしまったと思ったのだが、あることをすると一時的に治るということが判明した。
 叩くのである。
 コンピューターでも叩くと治るのだというのは、ちょっとした発見だった。治った後にノートンなどのディスク・ユーティリティをかけると、案の定、たくさん異常が見つかったがだましだまし使っていた。
 音からしてハードディスクの異常だというのはほぼ間違いないだろうと分かっていたが、叩けば治るというのと、このハードディスクは1年ほど前に純正の20GBから入れ替えたばかりの80GBのものだったので、さらにお金をかけて直す気持ちになかなかなれなかった。
 ある日、何もしないのに突然治るのではないかとも考えていた。実際、ゴールデン・ウィークに実家に帰っている間、さわらずにいて帰ってきたらしばらく異常が起こらないので治ってしまったのかと思ったこともあった(ファンレスのキューブに7200回転のハードディスクだと熱の問題とかがあるのだろうか。実際のところかなり熱いのだが)。
 最近、OSをタイガーに変えたのみたものの、やはり調子はよくなかった。というか、調子はどんどん悪くなり、キューブを叩く頻度は高くなり、叩くだけでは治らないことも多くなり、蹴り始めた(「自分のいうことを全然聞かないもので、つい手が出てしまいました…」)。
 もう臨終の日は近いと観念してそろそろiBookかPowerbookでも買おうかと思っていたのだが、先日のインテルプロセッサーへの移行の発表があって、もうインテル版マックが出るまでキューブでがんばることにした。
 なにか手を打たなければならないのだが、ハードディスクを80GBに換えたので、現状ではバックアップをとる方法もないのだ。純正の20GBのディスクを入れ替えたときはiPodでバックアップを取ったのだが、もうそんなこともできない。
 まず考えたのは、外付けのハードディスクを買いバックアップをとって、今のハードディスクを初期化すればひょっとしたら治るのではないかということ。これで治らなければ、新しい内蔵ディスクを買って入れ替えなければならない。
 正直言って、もう丸4年使っているキューブにあまりお金はかけたくない。さらにいろいろと考えた結果、もっと安上がりな方法があることが分かった。
 新しい内蔵ハードディスクを買った。今入っている同じ容量のディスクだと悔しいので、「これはたった1年で故障したハードディスクを入れ替えているのではない、ハードディスクをアップグレードしているのだ」と思えるように120GBのハードディスクにした(キューブは132GB以上のハードディスクは認識しないらしい)。新しく買うものはこれだけでいい。
 いきなりハードディスクを入れ替える。これは以前、純正のものを入れ替えたことがあるので問題なくできた(ばらすのに星形のトルクス・ドライヴァーが必要)。
 OSの入ったDVD-ROM(CD-ROM)で起動して、ハードディスクにパーティションを切って、OSを新規インストール。
 ここで本体をさらにばらして、DVDドライヴをはずす。本体スイッチがついている天板とDVD側の側板をとれば簡単。
 DVDドライヴからコネクターをはずし、はずしたハードディスクのジャンパスイッチをスレーブに設定して、DVDドライヴが付いていたコネクターを付ける。
 これで起動するとキューブはハードディスクを二つとも認識してマウントするので、死にかけのハードディスクの中身をコピーできる。
 で、死にかけのハードディスクをはずして、DVDドライヴを元に戻したら、全部組み立て直して終了。1万円かからずに内蔵ハードディスクを買うだけで、拡張性の全くないキューブでもバックアップを取って、ハードディスクを入れ替えることができました。
 ふぅ、これで最低、あと1年か1年半ほどはがんばってもらわないと。

草々


 羽田空港へ人を見送りに行き、はじめて外からアイポッド・タッチでメールを送った。
 空港内には有料の無線LANはかなりあるようだが、無料のものは何ヶ所かにあるエアポートラウンジがフリースポットに対応しているぐらい。そのエアポートラウンジも利用自体が有料なので、そこに近づいてもれてくる電波を利用した。
 第二ターミナルの出発ロビーは二階にあり、中三階のようになっているところにあるエアポートラウンジが上に見えている。出発ロビーからそこへ近づくと、アンテナが三本中二本立ち、通信を確立できた。しかし、つながりはかなり細くとぎれとぎれでしか通信できなくて、サイトの閲覧やメール送信をするのはかなり時間がかかった(送信は何度か再試行しなければならなかった)。
 たまには国際線も発着している空港だというのに、無料の無線LAN環境がこんなに貧弱なんて、がっかり。


前略、

ブダペストではプライヴェイト・ルームに泊まった。プライヴェイト・ルームは一般の家庭が空いた部屋をホテル替わりに貸すというもので、東欧の中でもハンガリーは特にこのタイプの宿が多い。この町にもユース・ホステルもあるが、街の中心からは少しあるので不便なのだ。
ぼくの泊まったプライヴェイト・ルームにはこの頃、旅の途中の日本人が住み込んでいて、ベッドと食事だけもらって無給で客引きなどの「番頭」業務をしていた。

そこには他にも面白い日本人の旅人がいて、我々から「ホームレス山田」と名付けられたその男は、ぼくがブダペストに着いた時に、ホームにぽつんと立っているのを見かけていた。しかし、その時は声を掛けるわけでもなく通り過ぎた。
その日、そのプライヴェイト・ルームに投宿した後、この宿の番頭さんも客引きの際に駅で彼に会い、彼は我々の宿にやってきた。そして彼は驚異の超異次元体験を我々に聞かせてくれた。

ホームレス山田は、その前日にブダペスト東駅に着いた。ブダペストにはプライヴェイト・ルームの数が多いので過当競争になり、この宿の番頭さんがしているように駅での客引きが当たり前になっている。彼は客引きと交渉して、あるプライヴェイト・ルームに泊まることにした。そこで数日分の宿代を払い、彼はさっそく町へ観光に出た。
夕方、彼はその日の観光を終え、自分の宿に帰ることにした。しかし、彼はこの時すでに知らぬ間に恐怖の超異次元空間にはまり込んでしまっていたのだった。
彼はいくら歩いても自分の宿に帰りつけなかった。いくらさがしても歩き回っても自分の宿を見つけることはできなかった。彼のまわりの空間がねじれてしまったのか、知らぬ間にパラレルワールドにワープしてしまったのか、宇宙人が彼を拉致し記憶を消してしまったのか、あるいは彼の宿を消滅させたのか…。

いや、彼は迷子になってしまったのだった。

彼は自分の泊まっているプライヴェイト・ルームの場所が分からなくなってしまったのだ。彼はこの異国のまちで迷子になり、完全にパニックにおちいり、狂ったように街を歩きまわったが、自分の泊まっている場所、そして自分のすべての荷物が置いてある場所は見つけられなかった。
彼がこの日、自分の宿を見つけることを断念した時には、夜もとっぷりと暮れていたため、彼は小さなデイ・パックを持っただけで、100ドル以上する高級ホテルに泊まったそうだ。

その次の日、つまり、ぼくがこの町に着いた日、東駅でぼーっと立っている彼をぼくが見掛け、その後、番頭さんが声を掛けた。
彼がそこにいたのは、東駅で待っていたら前日、客引きをしていた男がまた客引きにそこへ来て、彼に会えるかもしれないと思ったからだそうだ。
彼はこの日も宿を見つけられずに我々のプライヴェイト・ルームに泊まり、次の日ついに、ついに自分の宿を発見した。彼が絶対の自信を持ってそこではないと信じて疑わず探していなかった通りに彼の宿はあったということだ。

この話にはちょっとしたオチある。
彼の職業を訊くと、彼は日本で地図を製作している会社に勤めているそうだ。確かに彼は自分の宿のまわりのことだけは詳しく覚えていた。

草々


 前回書けなかったトラブル。
 アイポッド・タッチを初めてパソコンにつなげるとユーザー登録を促す画面が出てくるのだが、ここでユーザー登録をしても、その後、パソコンにつなぐたびにユーザー登録の画面がでてくるというトラブルがあった。何度登録しても、つなぐ度にまた登録しろといってくるので、登録しないボタンを押して出てこないようにしてしまった。ぼくのアイポッドは結局ユーザー登録されているのでしょうか。
 前回書いたものやこのトラブルを含め、対処法をネットで調べていたら、アイポッドを出荷時の状態に復元したら直ったという記事があった。パソコンでいうOSインストールし直しみたいなもんでしょうか。こいつをやると今まで入れたデータは当然消えてしまうので、何度もやるようなことになるのは避けたい。どうせならファームウェアのダウングレードを試してみるかという気になった。アップグレードではなく、ダウングレードを。
 アイポッド・タッチはMac OS Xの入った小さなコンピューターみたいなものだが、セキュリティの対策で普通のパソコンのように自由にソフトをインストールしたりはできないようになっている。
 が、あるアイポッド・タッチのソフトのバグを突いて、ソフトを自由にインストールできるように改変することができる。これは通称「ジェイルブレイク(牢破り)」と呼ばれている。
 アイポッドを工場出荷時に復元するついでにこの牢破りを試そうというのだ。なぜ復元のついでに牢破りなのかというと、現在のアイポッド・タッチは、以前にはあったソフトのバグがすでに修正されていて、牢破りをするには古いバージョンにダウングレードしなくてはならないのだ。そして復元の際に必要な手順を踏めば、ダウングレードすることも可能なのだ。
 しかし、失敗すれば、入手後24時間経たずして、アイポッド・タッチはシンプルなオブジェになってしまう…。

追伸、今はやっているらしいテレビドラマの「プリズンブレイク」も牢破りの話なのでしょうか。「ジェイル(jail/goal)」と「プリズン(prison)」のニュアンスの違いってなんなんだろう…、なんていってるとまた脇道にそれるので止めとこう。(参考リンク


 東ヨーロッパにはユース・ホステルは少ないが、全般に物価が安いのでふつうの宿に安く泊まることができる。でも宿の絶対数が少ないところが多く、そういう国ではプライヴェイト・ルームというシステムのあるところが多い。
 プライヴェイト・ルームというのは空き部屋のある一般の家庭が旅行者に部屋を貸すシステムで、観光案内所などに登録してあるのを紹介してもらう場合が多 い。イギリスなどのB&B(ベッド・アンド・ブレックファスト)に近いが、東欧の場合は本当に一般家庭の空き部屋に泊まらせてもらう感じに近いので当たり 外れはあると思うが、地元の人のうちににおじゃまできてなかなか楽しい。
 ハンガリーのブダペストではプライヴェイト・ルームもかなり商売として成り立つようになっていて客引きまで行っているところが多かった。ぼくの泊まった プライヴェイト・ルームにはこの頃旅の途中の日本人が住み込んでいて、ベッドと食事だけもらって無給で客引きなどの「番頭」業務をしていた。
 そこには他にも面白い日本人の旅人がいて、我々から「ホームレス山田」と名付けられたその男はぼくがブタペストの駅に着いた時に、プラットフォームにぽつんと立っているのを見かけていた。しかしその時は声を掛けるわけでもなく通り過ぎた。
 そのプライヴェイト・ルームに投宿した後、この宿の番頭さんも客引きの際に彼に駅で会い、彼は我々の宿にやってきた。そして彼は驚異の超異次元体験を我々に聞かせてくれた。
 ホームレス山田はその前日にブダペスト東駅に着いた。ブダペストにはプライヴェイト・ルームの数が多いので過当競争になり駅での客引きが当たり前になっ ている。彼はある客引きと交渉して、その人が紹介するプライヴェイト・ルームに泊まることにした。そこで数日分の宿代を払い、彼はさっそく町へ観光に出 た。
 夕方、彼はその日の観光を終え自分の宿に帰ることにした。しかし彼はこの時すでに知らぬ間に恐怖の超異次元空間にはまり込んでしまっていたのだった。彼 はいくら歩いても自分の宿に帰りつけなかった。いくらさがしても歩き回っても自分の宿を見つけることはできないのだった。彼のまわりの空間がねじれてし まったのか、知らぬ間にパラレルワールドにワープしてしまったのか、知らぬ間に宇宙人が彼を拉致し記憶を消してしまったのか、あるいは彼の宿は消滅してし まったのだろうか…。

 彼は迷子になってしまったのだった。

 彼は自分の泊まっているプライヴェイト・ルームの場所が分からなくなってしまったのだ。彼はこの異国の町で迷子になり、完全にパニックにおちいり狂った ように町を歩きまわったが、自分の泊まっている場所、そしてその時にもっていた手荷物以外のすべての荷物が置いてある場所は見つけられなかった。
 彼がこの日、自分の宿を見つけることを断念した時には夜もとっぷりと暮れていたため、彼は小さなデイ・パックを持っただけで百ドル以上する高級ホテルに泊まったそうだ。
 その次の日、つまりぼくがこの町に着いた日、東駅でぼーっと立っている彼をぼくが見掛け、その後番頭さんが声を掛けた。彼がそこにいたのはそこで待っていたら前日客引きをしていた男がまた客引きにそこへ来て、彼に会えるかもしれないと思ったからだ。
 彼はこの日も宿を見つけられずに(百ドルのホテルではなく)我々のプライヴェイト・ルームに泊まり、次の日ついに二日ぶりに自分の宿を発見した。彼が絶対の自信を持ってそこではない、この通りではないと信じて疑わず探していなかった通りに彼の宿はあったということだ。
 この話にはまだちょっとしたオチある。
 彼は日本で地図を製作している会社に勤めていたのだ。確かに彼は自分の宿のまわりのことだけは詳しく覚えていた。

つづく
 


 次善の策を三つ思いついたので試してみた。
 一つ目。アプリケイションをログイン項目に入れた。こうすれば録音した後、マックを(再)起動したときに音声ファイルがドロップボックスの同期フォルダーに移動する。
 問題点。ただでさえログイン項目が多いので起動したときの処理が重くなって、まともに使えるようになるまでに時間がかかってしまう。

 二つ目。システム終了項目に入れた。といってもOS Xにはないので、アップルスクリプトでアプリケイションを実行した後にシステム終了するというのを作って、ドックに登録してみた。
 問題点。マック内のファイルの移動は問題ないが、そのあとにネット上にアップロードされるまで待ってると時間がかかってしまう。ファイルの重さによってはアップロードの時間も違う。ファイルの移動の後、すぐにシステム終了してしまうと、次に起動した後にアップロードが始まって処理が重くなる。

 三つ目。アイキャルはログイン項目に入っていて常に起動しているので、こいつにスケジュールを組んでアプリケイションを定期的に起動させる。6時間おきくらいに自動的に起動するようにしてみた。
 どれも一長一短があるのだが、とりあえず、いまはこれにしてある。

 あ、四つ目、速いマシンを買えば、こんなことはしなくてよい…。
つづく


 目覚まし時計はうるさくて止めてしまって、二度寝してしまう。
 スヌーズはスヌーズ機能をいちいち止めるのが面倒くさい。
 というわけど、目覚ましの定番となったのはラジオでした。
 タイマー付きのラジカセのラジオで目覚める。目は覚めるけど、うるさくない程度の音量で。鳴りっぱなしだと、二度寝してもまたすぐ起きる。聴いてるうちに目が覚める。ぼくにはこれがベストの目覚まし方法でした。

 アイパッド・ミニのネイティヴの時計アプリは目覚まし音も選べるし、自分の作った音も使えるし、音楽を流すこともできるけど、ラジオは流せない。
 なにかいいアプリはないのか。
 ベストではないけど、とりあえず見つけたやりかた。

ラジオアラーム時計HD

ラジオアラーム時計HD – 多様な機能のクラシックラジオ

 を落とす(現在「RadiON HD」と改名した。)。ぼくが落としたときは期間限定無料だった。
 これはインターネットラジオを目覚ましで流せるアプリ。
 このままでは普通のラジオの音声は出せないが、このアプリはストリーミング放送のURLを直接追加する機能がある。
 そこに
http://mfile.akamai.com/129931/live/reflector:46032.asx
http://mfile.akamai.com/129932/live/reflector:46056.asx
http://mfile.akamai.com/129933/live/reflector:46051.asx
 を登録すると、上からラジオ第一、第二、FMのストリーミング放送が登録できる。
 これでとりあえずNHKのラジオを目覚ましにすることはできる。
 民放は無理。NHKのストリーミングURLも変わってしまったらだめ。

[追記]
 なかなかうまくいかないものだ。
 ラジオで目覚ましを鳴らすためには、アイパッドの電源が入っていて「ラジオアラーム時計HD」が起動していなければならないのは、まあ当然として、ロックされていてもいいのも当たり前、でもロックされる前に「ラジオアラーム時計HD」が一番前で動いている(バックグラウンドに回っていない)状態じゃないと目覚ましでラジオは鳴らないようだ。
 バックグラウンドに回った状態だと、目覚ましの時間になったときに、まずアラート音が鳴って、それからロック解除をしてからでないとラジオは鳴らないので、もうラジオで目覚めるという状態ではない。
 これはもうそういうふうになっているそうなので現状はどうしようもないようだ。しかも、このアプリはまだましなほうで、ほかの似たようなネットラジオタイマーが付いたアプリは、アプリが最前面で動いていて、しかもコードが電源につながっていなければ、タイマーは作動しないようになっているものが多い。
 純正の時計アプリはアラーム設定したら、アプリは起動してなくてもちゃんと鳴るのに。自分とこのアプリだけ特別扱いをしているのだな。
[追記2]
アプリがアップデイトしてバックグラウンドに回っていてもラジオが鳴るようになった。
これで完璧ではないか。
[追記3]
バックグラウンドにしたときは鳴るときと鳴らないときがある。完璧ではなかった。
[追記4]
上記のNHKのストリーミング放送のURLはリンクは張っていないけれど、ブラウザーで直接開いても聴ける。OSやブラウザーの種類によるかもしれないが。
[追記5]
2〜3時間NHKの同じ局を聴いてると、次第にとぎれとぎになり、終いには再生が止まってしまう。マックのストリーミングラジオ再生ソフトでも同じ症状のものがあるので、なにか対処をしないとなりがちなのかもしれない。あるいはウェブキットのバグか。


 このところのバッジづくりブームもそろそろ下火になりつつあるが、いろいろ作ってみた。
「Simplify, simplifyバッジ」「ヒマラヤンサイクリストバッジ」「カネゴンバッジ」など。


6月4日(日)晴れ
 テント生活は意外と快適でよく眠れるのだが、このところ朝方が寒くて足が冷えて目が覚めることがあった。荷物を減らすために長いズボンを持ってきておらず、短パンで寝ていたのだ。さすがに短パンではきついと思いはじめていた。
 利根川をさかのぼり、北浦へ出る。このへんには釣り竿を一人で5本も10本もたらしている釣り人がたくさんいた。竿にマイコン内蔵のあたり感知器までつけている。こいつらはなにもんだ。漁師には見えないのだが、一般の釣り人がなぜ何本も竿をたらすのか。売りさばいているのだろうか。そんなに生活が苦しいのか。
 再び太平洋に出て北上する。南風の順風が吹いていて気持ちよく走れる。
 大洗、ひたちなかと進むが、いいキャンプ場所が見つからず、先へ先へと進まざるを得ない。途中でユニクロが見つかり寒さ対策にジャージの下を買う。自転車で北海道を旅したことがあるという大学生に声をかけられ激励を受ける。
 夕方近くになって、東海村の原発を過ぎ、久慈川でやっといい河原をみつけテントを張る。水道はないが、もう学習したので途中で水筒に水を1リットル汲んでおいた。JRの鉄橋がちょっとうるさいがまあいいだろう。
この日は順風だったのと、いいキャンプ地が見つからずだらだら走っていたので一日の走行距離が初めて100キロを超えた。
(109.44km/6h50m・計481.7km)





インストール後の最初の起動時、通常なら上の画像のようになり、「次へ」をタップするたびにアプリの最初の説明が出て、通常画面になります。

それがATOMでは、



こうです。
画面が小さすぎて、最初の説明画面の下の丸いやつが縮小されずにはみ出し、右下の「次へ」が表示されないため、この画面より先に行けません。
アプリ自体はちゃんと機能しているのでしょう。ウィジェットはちゃんと使えます。
なんか対処法ありますか?


前略、

イランからパキスタンへ。
ザヘダンからミニバスで約一時間半、国境の村であるミルジャワに着く。イランの出国審査はすぐに済み、そこの出入国管理事務所の建物を出て国境沿いに張り巡らされた金網に付いたゲートを通ってパキスタンに入った。
入国審査を受ける。特に問題はなし。税関は屋外で行われており、まわりには両替人たちがたむろしていた。
この国境を境にぼくがトルコとイランの国境で起こると思っていた変化が起こった。ザヘダンからすでに埃っぽくなってはいたが、そこまで来るとまわりは岩山と砂漠だけになり、厳しい太陽が照りつける不毛な土地に、バラックの家とごみが集まってできたタフタンという集落があり、そこはそれまで見たことのないほどの恐ろしい数の蠅が飛びまわる蠅の村だった。
村には台車を押したバナナ売りがいた。古くなって熟しきり真っ黒の小さなバナナをのせた粗末な台車を押している時、車輪が石に乗り掛かって大きく跳ねた。その途端、台車の上の空気が黒く濁った。もともと黒いバナナにはびっしりと蠅がたかっていてより黒くなっており、台車が跳ねた衝撃でそれにたかっていた何百匹、何千匹もの蠅が一斉にその上空を飛びかったのだ。

そこから一番近いパキスタンの町は740キロほど離れたクエタ(クエッタ)というところである。タフタンまでのミニバスで一緒だったアフガニスタン人はバスでクエタに行くといっていた。ぼくはそこからクエタへ週2本しかない列車で行くことに決めていたので、事前にその週2本が何曜日になるのかを調べるのに勢力を注いだ。
というのも、このルートのバスはかなり乗り心地の悪い乗り物として旅人の間に知られているからなのである。ただ単に乗り心地が悪いというぐらいならいいのだが、砂漠の中を走るそのバスはバス自体のぼろさと狭さ、激しい振動と砂埃、夏ならその酷暑が加味され「地獄のバス」と呼ばれているのだ。
東からやってくる旅人に取材を繰り返したところ、タフタン発の列車はこの時月曜と木曜の出発らしいことが分かった。月曜はイランのザヘダンから出ていて、木曜はタフタンから出発するとのこと(パキスタンからの鉄道はタフタンを通りザヘダンまで続いているが、そこが終点でイランの鉄道路線とは繋がっていない)。査証の滞在期限の関係でぼくは木曜日にザヘダンを出発していた。
タフタンに着いて、そのごみの村と蠅と陽炎の向こうに新設のプラットホームと建設中の駅舎(この村にはしばらく前まではプラットホームもなかった)が見えたが、列車はなかった。列車がこの日の出発でなければ、地獄のバスに乗るしかない。ごみの村にはもちろん宿泊施設はないし、あっても泊まりたくはない。
ホームの脇の駅舎替わりに使っている古い車両に行き、尋ねてみると出発は確かにこの日だという。列車はクエタから夕方に到着して、そのまましばらくの停車の後、折り返して出発するとのことだった。
とりあえずほっとしたが、この時はまだ昼過ぎだったので、夕方までそこの砂漠のごみと蠅の村で駅舎の影に座り込んで待つしかなかった。直射日光は厳しく10月末でもかなりの暑さだった。そこには日光を遮るものさえ少なく、真夏にはどんな炎熱地獄になるのか考えるだけで恐ろしい。


クエタからの列車は遅れて、やってきたのは陽の暮れる頃だった。
列車はしばらく停車した後、夜の7時頃に出発した。寝台車が付いているのだが、その切符は取れず、ぼくが入った2等車は、座席の背もたれからはクッションがはぎ取られ、木枠だけが残っているという、ぼろぼろの車両だった。

車両は前から後ろまで、国境を走る列車でよく見られる個人国境貿易商人たちと彼らの荷物でいっぱいだった。普通、彼らの持ち込む輸入品は衣料品などということが多いのだが、そこでのものは変わっていて一抱えもある大きな水などを入れるポリタンクをそれぞれのチームが数十個ずつ持ち込んでいて、列車中の隅から隅まで合計すると数百個は詰め込まれていただろう。



列車には食堂車があり食事ができ、ウェイターがぼくらのボロ車両にも注文を取りにきてくれた。カレー、カレーピラフ、カレーシチュー、チャパティ(パン)のセットが20ルピー(約72円)だった。ついにカレー文化圏に入った。久し振りのカレーの味はとてもおいしかった。
列車は砂漠の中を走るので、夜はかなり気温が下がり寝袋が必要だった。朝起きると、ぼくは砂の中に寝ていた。窓はもちろん閉めていたが、そこらじゅうにある隙間から風と共に砂ぼこりが入り、それが車内に降り積もり、鞄も寝袋もそこから出していた頭も砂だらけになっていた。


列車の車窓から見えるのは、一晩走った後も相変わらず砂漠だった。時々窓の外に例の地獄バスが砂埃を上げながら列車を追いぬいていくのが見えた。屋根の上には山盛りの荷物と人まで載せて走っていた。砂だらけになっても、スピードが遅くても、まだ列車のほうがましなのだろう。
列車は結局丸1日掛かってクエタに到着した。
夕暮れのクエタは霧が掛かったようなヴェールで覆われていて幻想的な風景だった。しかしそれは砂漠の砂埃とたくさんの車の出す排気ガスが盆地であるこの土地に澱んでできたもので、あっという間に喉が痛くなってしまった。

草々


前略、


 JR京浜東北線・東海道本線の鉄橋京浜急行の鉄橋新六郷橋を立て続けにくぐり、しばらく行くと舗装が悪くなり、大師橋が近づいてくるので渡って大田区から川崎市川崎区に入る。

つづく


JR京浜東北線・東海道本線の鉄橋


京浜急行の鉄橋


新六郷橋


大師橋


 なぜ無線LANルーターなんかを買ったのかというと…。
 じゃん。



 じゃ〜ん(パッケージ写真変わった?)。



 じゃじゃ〜〜ん!(ピカ〜〜)



 うひょ〜、買いました〜(ちょっとハイ)。
 このところ毎年冬が近づくと気分が落ち込むと同時に、なぜか購買欲がたかまってしまいます。