[ルーマニア]国際詐欺師学会

前略、

ルーマニアを旅していたときの話である。
闇両替がまだ行われていたこの国では、観光客の多い大きな街にはたくさんの闇両替屋が通りに立って外国人に声を掛けていた。
両替所の前には特に多く、だます奴も多いというので、相手にしていなかったのだが、両替所を探していたときに、数人で立っていた若者のグループにレートを訊いてみた。
「650」
これはほとんど公定レートと変わらないので相手にせず、立ち去ろうとすると、いきなり800レイに上がった。これは非常にいいレートである。そこでものは試しに、そこで街頭での闇両替に挑戦してみることにした。20ドル両替するというと、彼らは不平を言った。
「もっとたくさん。50か100ドルだ」
それならもういいと、再び立ち去ろうとすると、彼らは簡単に折れた。
「オーケー、ノー・プロブレム」
彼らは20ドル分の16000レイを先にぼくに渡して確認させた。確かにあることを確認して20ドル札を渡す。
「ちょっと、待った」
隣にいた仲間の男がそういって、その札を取り上げた。
「それをよく見せてくれ。この札はちょっと変だ」
そう言いながら、男は紙幣を手の上で折りたたみ始めた。
「こら、こら、やめろ。折り畳むのをやめろ!」
その仕草は何かで読んだことがあったのだ。ぼくは16000レイをもう一人の男に突き返すと、男の手を取ってたたんだ札をしっかりと握ったその掌を無理矢理に開かせて、20ドル札をもぎ取った。
彼らはぼくがレイを返していたのにもかからず、もぎ取った札を取り返そうとしたので、彼から取り返してくしゃくしゃになった札を見てみると、そこには2枚の紙幣があった。ぼくの渡した20ドル札と、どこからか不思議な力によって彼の掌に湧き出てきた魔法の1ドル札だった。
ぼくはその1ドル札を握りつぶして通りに捨てると、そこを立ち去った。彼らはそれをあわてて拾うと、ぼくに悪態をついた。

彼らの手口は渡した現地通貨を相手に確認させて安心させて、取り引き成立と見せかけておきながら、相手の札も自分たちが確認するという名目で折りたたみ、この札は偽札かもしれないから両替はできないといって、札を突き返して現地通貨を取り戻すのである。返された札を後でよくみると、それは折り畳んだ時にすり替えられた1ドル札になっていて、その頃には連中は消えているという寸法である。
この方法はどの札も似たような色とデザインのアメリカ・ドルの場合のみ有効である。
その昔は現地通貨のほうに細工する手口が多かったようだ。単純に少ない金額を渡したり、すでに廃止された紙幣を混ぜたり、インフレが進んで価値はないが単位は大きい外国の紙幣を混ぜたりしたらしいが、いまでは旅人は用心深くなり、もらった紙幣を確認するようになったので、これらの手口は廃れてあまり行われなくなり、より手の込んだ方法が考案されたのである。

ある黒海沿岸の観光地でも、たくさんの闇両替屋たちが外国人旅行者たちに声を掛けていた。
通りの闇両替屋に声を掛ける気はもうなかったので、すべて無視して歩いていたのだが、そのうちの一人がやたらとしつこく後ろを付いてきて両替を勧めてきた。断っていると10ドルでも5ドルでもいいといい出した。そんなことを自分からいいだすやつは珍しなと思いながらも断っていたが、それでもまだ付いてくる。あまりしつこいので、そいつを巻くために大通りから折れて細い小道に入っていった。
しかし、それは失敗だった。そいつはあきらめずについてくると、ポケットからルーマニアの札束を出してみせて金は持ってるからというのだった。すると、突然、後ろから黒いサングラスを掛けた男が駆け寄ってきて叫んだ。
「ポリース!」
その男はポケットからIDを見せると、闇両替屋が持っていた札束を没収するとポケットに入れ、ぼくの腕を凄い力でわしづかみにした。
サングラスの男は再び、叫んだ。
「パシャポルト!」
どうやらぼくに旅券の提示を求めているようである。闇両替屋もおとなしく出したほうがいいというようなことをいっているようだ。しかし、ぼくは逮捕されるようなことは何もしていないのである。
「なぜぼくが旅券を見せなければならないのか。あんたは本当に警察か」
ぼくが彼にそう尋ねると、彼は再びIDを出すと、素早くその一部分を指差してみせた。その部分には確かに警察という意味らしき「…politie…」というようなルーマニア語が見えたが、彼はすぐにそれをボケットにしまってしまった。その間も彼はぼくの腕をしっかりとつかんで放さない。
「もっとちゃんとそのIDを見せてくれ。中も見せろ」
そういったが、彼はその中身をほんの一瞬、開いて見せただけで、すぐに閉じてしまった。
そのあまりに不自然な態度で、ぼくは彼が警察でないことが確信できた。
「ふざけるな。失せろ!」
そいつの腕を振り払って悪態を付くと、警察官と闇両替屋は「二人なかよく」雑談しなが残念そうに並んで去っていった。

彼らの手口は両替自体でだますのではなく、闇両替屋がカモにまともに闇両替をさせておいて、そこを警察役の奴が踏み込んで、違法行為であると両者の金を没収、あるいは逮捕すると脅して罰金を取り、後で分けるというようなもののようだ。そのため、5ドルでも10ドルでもいいといったのである。
これは当時のガイドブックにも載っていない新しい手口だった。
彼らはぼくが1ドルも両替をしなかったのにも拘らず、せっかくのカモであるし、ひょっとしたらうまくいくかもしれないと幕を上げたようだ。
警察役の男が見せたIDには楕円の中に「RO」の文宇が入ったマークが付いていた。これは車がどこの国の登録かを表すために車体につけるマークだから、あのIDは(「警察署」発行の)運転免許証だったと思われる。

気を取り直し、再び街を歩き出して30分後のこと。
「セニョール、チェンジ・マネー? セニョリータ?」
なぜかイタリア語を混ぜながら話しかけてくる別の闇両替屋が付いてきた。
適当にあしらっていると別の男が走ってきて叫んだ。
「ポリース!」
「………」

そこには詐欺師の親睦会かギルドか何かがあって、月に1回ほど集まって研究発表会を行なっているに違いない。同じ手口はトルコでも聞いたというから年に1回はジュネーブのホテルで国際詐欺師学会が開かれて意見の交換をしているのだろう。インターネットにフォーラムがあるのかもしれない。

草々