[アメリカ]スマート・エディ その3

モーテルの部屋の中は泥棒が入った後のドラマのシーンのようだった。
衣服はそこら中に投げ出ざれ、袋に入っていたものはすべて開けられ改められて中身が床に散らばっていた。バックパックは南京錠を掛けて、さらにチェーン・ロックでベッドの足につないであったのだが、バックパック自体がナイフで切り裂かれていた。

エディがすぐにモーテルのブロントに届けて、警察に違絡した。ぼくはしばらくショックでへなへなと座り込んでいたが、やがて盗まれた物を調べにかかった。この時、ぼくは愚かにもほとんどすべての貴重品を部屋に残していた。そして、そのすべてはきれいになくなっていた。犯人は荷物を念入りに調べ上げて、金目のものだけを盗み、その他の物はすべて残していた。
しばらくしてフロントでエディが話していた警察との電話が廻ってきた。詳しい状況などはすでにエディから聞いていたようなので、ぼくは盗まれたものを申告するだけでよかった。

続けて電話で旅行者用小切手の盗難届けをアメリカン・エクスプレスに出した。盗まれた現金が戻ってくることはほとんどないので諦めるしかないが、旅行者用小切手は、盗難や紛失の際には再発行ができるのだ。
クレジット・カードもない。日本の発行会社にコレクト・コールをかけ、届けを出す。最後に使用した日と場所を聞かれたが、これも日記帳で判明した。
そして何とぼくはこの時、旅券も部屋において出ていた。旅券まで盗むとは血も涙もない泥棒である。
その他、ウォークマンや腕時計、カメラなどが盗まれていた。エディの被害は現金の入ったマネー・ベルトと衣服ということだった。

ぼくは最初、事件を警察に連絡した後、彼らがモーテルに来て現場検証をするものと思って、現場の状況をなるべく崩さないようにして待っていたのだが、いつまでたっても彼らは来ず、やがてアメリカの警察はこの程度の「日常的」な「軽」犯罪ではわざわざ現場に出向いてくることはないのだということが分かった。こんな「軽」犯罪の犯人を苦労して探す時間も人材も理由もないのだろう。
報告が済んだ後、エディはちょっと出てくると言って外出し、何時間も帰らず、深夜になって帰ってきて、腹が立ってむしやくしやしたので道端で浮浪者と喧嘩してしまったといった。

次の朝、アメリカン・エクスプレスに電話をして、オフィスの場所を聞き、さらに領事館に電話し、旅券の再発行の手続きについて聞く。
シーザース・パレス・ホテルにあるアメックスのオフィスヘ。大丈夫だというのにエディが一緒に付いてきた。改めて盗まれた旅行者用小切手の番号を届け、アメリカ・ドルの小切手についてはその場で再発行された。カナダ・ドルの旅行者用小切手については、後ほどカナダのオフィスで再発行を受けてくれとのことだった。

再発行を受けた後、エディが頼みがあるといってきた。自分はお金を全部現金で持ってきていて、それをすべて盗まれてしまったから金を貸してくれというのである。
少しなら貸してやれるがと思って、いくら欲しいのかと聞くと、千数百ドル貸してほしいという。どうしてそんなにいるのかと尋ねると、すぐにイギリスに帰りたいからだという。そんな大金は貸せないといって断ると、彼はお金は必ず返す、自分のパスポートに住所が書いてある、これを写していいから、自分を信用してくれないのかと迫ってきた。
ぼくがイギリスの親に送ってもらえばいいというと、自分の親はお金を送ってくれるような親じやないと決めつけ、イギリスの領事館に行けばというと、そこでもお金は貸してくれないといい張る。
そこで、なぜ1000ドル以上も必要なのか、イギリスまでの片道はそんなにしないはずだというと、分からないというので旅行代理店に電話させて訊かせると、520ドルだったと彼はいった。今度はそれだけでいいから貸してくれと、彼はいい出したが、ぼくは彼が信用できなくなってきていたので、ほんとに航空券を買うなら一緒に代理店に行って金はぼくが直接払ってやるといった。
彼は怒りだした。これまで自分は親切にしておごってやったりしたのに、今は金を全部盗まれてしまったのだ。君は旅行者用小切手だったから再発行を受けれたんじやないかと、彼は唾を飛ぱしながら怒鳴った。

金を借りたいという男に怒鳴られる筋合いはないし、確かに彼はいくらかの金をぼくのために払ったかもしれないが、それはすべて彼のほうからいい出したもので、しかもぼくが断ったものを彼が半ば強引に自分で払ったのだ。そのことをいうと、しばらくは黙っていたが、また別の理由を考え出しながら、懐柔と怒号を繰り返しながらぼくに迫った。

その日一日続いたいい争いの末、結局、ぼくは再発行されたばかりの旅行者用小切手の中から200ドルをカジノで換金して(旅券がないので両替所では換金できない)彼にくれてやった。
ぼくは200ドル捨てたことよいいいが終わったことにせいせいしていた。その後、二度と彼と会うことはなかった…。

次の日、ぼくは最初に泊まっていた安宿の部屋で目覚めた。
前の晩、エディと別れた後、モーテルの親父に礼をいって、切り裂かれたバックパックに荷物を包み、それを胸に抱えて再びそこに戻ってきたのだ。
まずは新しいバックパックを買わなければ移動できないのだが、ここはギャンブルの街、ラス・ヴェガスである。そんなアウトドア用品を売っている店は見つからなかったので、衣料雑貨店のウールワースで頑丈そうな手提げ鞄を買い、それで間に合わせることにした。

警察署へ事件の報告書を取りに行く。海外旅行者保険の保険金の請求や旅券の再発行に必要なのだ。この手の「軽」犯罪事件で被害者のために警察がしてくれることといえば、唯一これだけである。有料、5ドル。

これでもうこの街には用はない。バスの時刻表を見ると夕方発のロサンゼルス行があった。そこで乗り継げば領事館のあるサン・フランシスコに行ける(ロスにも領事館があるのだが知らなかった)。宿に帰って新しく買った鞄に荷物を詰めた。鞄は少し小さかったが、減った荷物にはちょうどよかった。ぼくはぴかぴかの鞄とぼろぼろの心を抱えてラス・ヴェガスを去った。


つづく