[アメリカ]スマート・エディ その4

非・解決編

さて、賢明なる読者諸君はこの事件をどう思われただろうか…。

この実際に起こった事件には、もちろん解決編などはなく、たまたまカジノに遊びに来ていたというロサンゼルス警察の殺人課の警部補も灰色の脳細胞を持ったベルギー人も現れない。

事件後、以前の宿でフロントの女性に事件の話をした。
「エディにだまざれたんじやないの」
開口一番、彼女はそういった。
「スマート・エディ…」と、彼女は続け、首を振った。
もちろん、ぼくにしても彼が怪しいということは事件直後から頭の中にあった。こちらの最大の失敗は、ぼくのほうから先にグランド・キャニオンに行こうと声を掛けたことだ。人は向こうから声を掛けてきた場合には警戒するが、自分のほうから悪人に声を掛けるとは思ってもみないのである。
ただ、彼がこの事件の実行犯でないことは確実である。ぼくは事件当夜、モーテルを出てから帰るまでずっと彼と一緒だったのだ。しかし、共犯者、実行犯が別にいたと仮定すると、怪しい要因は数限りなくある。それらを時系列で上げてみる。

▼カジノで儲けたといって、やたらとおごってくる気前の良さ。

▼日本の紙幣を見せてくれといって、ぼくにバックパックの中から1万円札を出させている。

▼公衆電話から電話ばかりしていた。イギリス人の旅行者である彼がアメリカで誰と話していたのか。

▼宿を犯行現場になるモーテルに移ろうといい出している。ぼくが断ると自分で金を出してまで移らせた。

▼宿を移らせた後、さっそくトップレス・バーに誘い、ぼくが再び断ると、また金は自分が出すといって、モーテルから誘い出すことに成功している。ただのバーではなくトップレス・バーというところも怪しい。もちろん、何度もいうようだが、ぼくは飽くまでも退屈していた。

▼モーテルの部屋の鍵は彼が持っていた。出る時に彼は鍵を締めていたし、帰った時にも鍵は締まっていた。網の張られた窓が破られた形跡もないので、実行犯は鍵を持っていたと考えられる。
しかし、彼の持っていた鍵が部屋を出た後に共犯者に受け渡された可能性は低い。バーに行くまでには、一緒だったスウェーデン人を始め、たくさんの人に会っているので手渡すことは簡単だったはずだが、バーからの帰り、タクシーを拾う時にエディは先に帰るかとぼくにいったぐらいだから、彼はその時には鍵を持っていたはずで、犯行後に鍵を回収する時間はなかった。ただ、彼がその時、ぼくに鍵を見せたかどうかはよく覚えていない。

▼モーテルの鍵がバーに行ってから帰るまでの間に、彼から誰の手にも渡ってないとしても、鍵は実物があれば、数分で簡単に合鍵を作ることができる。モーテルに投宿してからバーに行くまでの間に、彼は鍵を持って外出しているので、その時間は十分にあったはずである。
しかし、このことからは、実行犯が彼とは全く関係のない我々より以前にその部屋に泊まった人物ということもできる。

▼バーから出た時、彼は自分はカジノに寄るが君は先に帰るかと、ぼくを先に帰りたがらせているような口振りだった。犯行現場にぼく一人で帰らせようとしたのだろうか。犯行現場を目の当たりにして一人で狼狽する外国人を想像して楽しむつもりだったとすれば、悪趣味極まりない。

▼二人でモーテルに帰り、荒らされた部屋を見た後、彼は荒らされた自分のバッグの中を確認しようともせず(実際に全く触れもせず)、フロントに行き、警察に電話を掛け、そのまま盗まれた物は衣服とマネー・ベルトであると報告し、盗まれた現金の金額までも申告している。

▼よく分からないのが、ぼくが電話で盗まれたものを報告した後、彼が「腕時計も盗まれたんじやないのか」と尋ねてきたことだ。確かに腕時計を二つ持っていて、そのうちの一つは部屋に残していて、盗まれていたのだが、安物なので忘れていたのだ。
なぜ、本人の忘れていることを彼が知っているのか。知っていたとしても、どうしてそれをわざわざぼくに尋ねたのか。エディはその時、「モーテルのマネージャがいったのだがノ」と、後から付け加えた。それはまずいと思っていった苦し紛れの嘘だったのか、本当にモーテルの親父がそういったのかは分からないが、もし本当に彼がそういったのなら、彼も容疑者の中に入ってくる。この場合は、部屋の鍵のことなどは一切考えなくていいことになる。

▼犯行現場もおかしい。我々がモーテルを離れた時間、つまり犯行時間は19時から22時の間である。その間に荷物をひとつ残らず念入りに調べあげ、金目の物のみを根こそぎ持っていったのである。これは何時間も掛かる仕事ではないが、数分でできるとも思えない。犯人我々のことを知らない人物なら、我々が三時間も部屋を開けるかどうか分からないはである。食事をして30後には戻ってくるかもしれないし、10分後かもしれない。19時からという時刻を考えれば、それは十分にあり得ることである。それにもかかわらず、犯人は夜もまだ浅い時間から鍵を開けて堂々と部屋に入り、念入りに中を荒らしているところをみると、犯人は我々がある時刻までは帰ってこないということをあらかじめ「何者か」から「電話」か何かで連絡を受けて知っていたのではないかと考えられる。

▼クレジット・カードが盗まれていることを知って、ぼくが日本に届けを出そうとしたら、エディは自分が出してやるから今しなくていいなどと、届けを出すのを妨害しようとしたとも取れる言動をした。

▼警察への報告の後、彼は何時間も外出して深夜まで戻らなかった。いったい、何をしていたのか。共犯者のところへ首尾の確認にいったのか。

▼事件の次の日、強引にアメックスのオフィスまで付いてきた彼は、旅行者用小切手が再発行されたことを見届けると、金を貸してくれといい出した。うがった見方をすればぼくの荷物から金目のものを盗んだものの、現金は10万円ほどだけで、旅行者用小切手、旅券は闇市場に持っていかねば金にはならず、クレジット・カードは停止されてただのプラスチックの板に成り下がり、カメラ、ウォークマン、時計は中古で大した金にはなりそうもない。
思ったより金にならなかったために、さらにもうひともうけ企んだともみられる。両親や領事館に頼めといっても言葉を左右にして取り合わなかった。

▼長時間にわたるいい争いに嫌気が差したぼくは、彼のマインド・コントロールにはままるようにして金を掃き出したが、ぼくから金を巻き上げることに成功した彼は、まっすぐカジノヘ向かった。最初からそのための金がほしかったのか、残念ながらイギリスに帰るためには足りないので得意のスタッド・ポーカーで増やそうとしただけなのか。

これらの状況証拠からは彼の犯行であることはかなり濃厚なのだが、物的証拠は全くない。
もし、彼が犯人なら、ぼくは泥棒に追い銭をした銭形平次以来の大馬鹿者ということになる。
前回の旅では盗難、紛失、病気、けがなどは一切なかったのだが、今回は出発たった一週間目にして手痛い洗礼を受けてしまった。

この後、ぼくは金曜日、在サン・フランシスコの日本総領事館へ行き、旅券の再発行を受け、しばらくのあいだサン・フランシスコでのんびりと過ごして再び旅を続けた。

草々