前略、
やってしまいました。グラフィック・デザイナーが最も恐れることのひとつ。
「シール貼り」の刑です(もっと恐ろしいのは「全部刷り直し」の刑ですが、幸いまだこれにはあっていません)。
同じ会社のライターが書いた原稿を元にパンフレットをデザインし、校正し、印刷が上がり、納品されました。
そこに依頼人からの恐怖の電話…。
文章の途中に突然おかしな空白がひとつ入っているという。
「…平野の中にそびえる とした姿は、…」
たしかに。
入稿したデータをチェック。
最悪! 入稿したデータも同じように空白になっている。完璧なこちらのミス。
ライターの書いた原稿を見ると、
「…平野の中にそびえる凛とした姿は、…」
と「凜」になっている。なぜ空白に。そのテキストをコピーしてDTPソフトにもう一度流し込んでみる。
げげっ!「凜」のところが空白に化けた。なぜだ!
解説しよう。なぜかというと、この時に使用した「凜」という文字はマッキントッシュのOsakaフォントをはじめ一般的なフォントにはあるが、ポストスクリプト(OCF)フォントにはないのだった。
この時に使用した「凜」という文字はシフトJISのEAA3の「凜」で、同じ読みで微妙に形の違う「凛」が997Aにもあって、この「凛」ならOCFフォントにもあるのだ。
OCFフォントにある「凛」が正字で、シフトJIS、EAA3の「凜」は異体字ということらしい。
EAA3の「凜」は異体字にもかかわらず、Mac OS 9のOsakaフォントに含まれているが、OCFのポストスクリプトフォントには入っていないのだ。
なぜわざわざこのライターは異体字を使ってきたのか。こだわりなのか。
実はこのライターは、「慣れていて他では書けない」という理由でシャープのワープロ専用機「書院」をいまだに使っており、DOS変換し、フロッピーディスクでテキストをやり取りしている。どうやら書院では「凛」の異体字が出てくるようだ。
同じようにOsakaフォントにはあるが、OCFのポストスクリプトフォントにない文字としてシフトJISのEAA4の「熙」がある。さらに付け加えれば、これらの二文字はCIDフォントには加えられたのでCIDフォントでつくればちゃんと出力される。
いや、もちろん分かっています。みなまでいうてくださるな。この事故の本当の原因はフォントがどうたらこうたらということではないのだ。
今回テキストをDTPソフトに流し込んだその瞬間から、ずーーっと、すべてのカンプや色校正でこの文章は空白が入ったままだったのだ。事故の原因はミスに誰も気がつかず、すべての校正をすり抜けて印刷され、納品されてしまったことなのだ。反省…。
草々