[旅文]でんきのないたび 2

 中東を廻っていたとき、ヨルダンからシリアに入ってダマスカスの宿でのこと、ぼくの訪れた安宿にはあまり空き部屋が残っておらず、安いが窓がないという部屋に通された。ダマスカスにはそれほど長く泊まる予定でもなかったのでそこに決めて、昼間から電気をつけて荷をほどいて休んでいると、突然停電した。このあたりでは停電は珍しくないし、宿のヒューズがとんでしまうこともある。
 話が少し脱線するが、ぼく自身が宿のヒューズをとばしてしまったことも一度や二度ではない。ぼくは旅に必ずコイル・ヒーターなどと呼ばれているコンセントにつなぎ、ヒーター部分をコップの水に突っ込むとお湯が沸かせる器具を持っていく。これがあれば電源と水道さえあればどこでもお湯ができ、コーヒーや紅茶、インスタントラーメンやみそ汁などが飲めるので、ぼくの旅には欠かせない道具になっている。
 旅に出た先で買えば値段は安いし、便利この上ないのだが、作りが雑なものが多く、使っているうちにヒーターのコイル内部に水が入り込んで漏電するようになってくるものがある。湯を沸かしているときにコップの取っ手を握ったら電気で手がしびれたこともあった。そして、ある日突然、壊れて湯を沸かせなくなってしまうのだが、この時、電気がショートしてしまって宿のヒューズをとばしてしまうことがしばしばあるのだ。自分の部屋のヒューズをとばすぐらいならたいしたことはないのだが、場合によっては宿中が停電してしまったりすることもあって大変ばつが悪い(でも知らんふりをする)。途上国では日本のようにすぐ元に戻せるブレーカーではなく、文字通りヒューズを使っているので直すのに手間と時間がかかるのだ(もうヒューズなんか知らない人も多いかもしれないので説明すると、ヒューズというのは電気を通す金属で過剰な電流が流れると溶けて電気を遮断する。なので溶けてしまうと新しいものに付け替えなければならない)。
 一度など、宿のロビーで湯を沸かしていたらコイルヒーターがものすごい火花をあげて小爆発を起こし宿を停電させてしまったことがあった。
 話を戻すと、この時のダマスカスの宿の停電は真っ暗な部屋でしばらく待っていてもなかなか復旧しなかった。宿のオヤジさんに訊ねると、そこでは十四時から十八時まで毎日停電するということだった。
 シリアはアラブの国にもかかわらずアラーの贈り物である石油がほとんど産出しないために慢性のエネルギー不足で、水不足の時に断水をするように、一日のうちの一定の時間「断電」をしているのだった。
 ダマスカスの後、パルミラへ足を伸ばした。
 パルミラは砂漠の中のオアシスにあり、紀元前後にシルクロードの隊商都市として栄えたが、後にローマ帝国に滅ぼされ、ギリシャ・ローマ文化に影響を受けた神殿や劇場などの遺跡が残っている。
 この町でもしょっちゅう停電が起こっていたが、定期的なものではなかった。ある日、日の高いうちに始まった停電は日が暮れたあともつづいた。部屋にいてもしょうがないので夕方、寝袋を持って屋上で寝ころんでいた。空が暗くなるにつれ星が瞬きはじめた。この町は砂漠の中のオアシスの町なのでまわりに空気をよどませるものはなにもなく、乾燥しきっているので雲も全くない、都会で星を見えにくくしている要因のひとつである町の明かりも停電のために(全くというわけではないのだが)ない。
 空には満天の星が広がっていった。日本の都会で見る何百倍、何千倍の星だろう。天の川がはっきりと帯状に見えた。星くずとはよくいったものだ。星が多すぎて漆黒の空にほこりを散らして汚れているようにも見えた。

つづく