[旅文]でんきのないたび 3

 ラオスやミャンマーでも停電の多い町は多かった。
 ラオスでは石油はほとんど産出せず、発電のかなりの部分を水力発電で行っている。ミャンマーは産油国なので火力発電が盛んだが、水力発電にも力を入れており、電力の数割は水力で行っている。
 水力発電は雨季のあいだはいい調子なのだが、乾期に入り、川の水量が減りだすと発電量も減るので乾期の終わりになると停電が多くなるらしい。ラオスが水力発電で作った電気を隣国のタイに売っているというのは有名な話だが、自国で余った分を売っているというより売れるものがほかにはあまりないので自国で必要な分も売っているということらしい。
 ミャンマーでは、首都のヤンゴンはたまに停電があるくらいだったが、地方に行くと停電が多くなり、週に三、四日だけ電気が来るというところもあった。
 ラオスの北部ノンキャウという田舎の村では電気が来るのは日没から三時間ほどだけだった。村の一本だけのメインストリートを電気のなくなったあと歩いていたら道の真ん中で寝ころんでいた犬のしっぽを踏んでしまったほどだ。しかし、日本からきたぼくには全くの暗闇でも地元の人にはそうではないらしい。ある夜、小さな懐中電灯で暗闇をおそるおそる歩いていると、暗闇の中からぼくに話しかけてくる声があった。声のするほうを向いても暗闇しか見えず、しばらく懐中電灯でさがすと知り合いになったラオス人がなにも持たずに真っ暗な中を歩いてくるのが見えた。
 ラオスの南部、カンボジアとの国境近くのメコン川の中にシーパンドン(四千の島)と呼ばれる小さな島々がある。関係はないが、ドレッシングの名前で有名なサウザンド・アイランド(千の島)はカナダのセント・ローレンス川の中にある。
 そのシーパンドンの中のひとつであるデット島に滞在した時も電気は限られたもので、ぼくの泊まった宿には電気が引かれてなかった。
 島のふちは一、二メートルのでこぼこの未舗装の道になっていて、その外側はそのまま数メートルのがけになっていてメコン川に落ちている。街灯などはもちろんなく、小舟で行き来するだけの島なのでトラクターが数台あるだけで車は全くなく、日が落ちるとほぼ真っ暗闇だった。
 ただの真っ暗な村なら歩いていても、こけるか、ぶつかるか、犬のしっぽを踏むかぐらいで命にかかわることはないのだが、そこはそうではなかった。明かりを持たずに外に出て、日が暮れてしまうと、足を踏み外して崖下のメコン川に転げ落ちる危険があるのだ(実際に落ちる旅行者もいると聞いた)。
 ある日、真っ暗な中を懐中電灯を持ち、またおそるおそる歩いて細い道を宿に帰ろうとしていたら、いきなり目の前で甲高い金属音がして、ぼくは声を上げて驚いてしまった。目の前には笑っている地元の島民が自転車に乗って止まっていた。もちろん自転車にライトなどは付いていない。もうびっくりである。道の一方は崖になってメコン川に落ちているでこぼこのほとんど真っ暗な道で、ぼくなら懐中電灯がなければ四つんばいになって這っていかなければ前に進めないようなところを平気で自転車に乗っているのだから。でも、むこうにしてみればちゃんと見えているから自転車に乗っているわけで、こっちから見えているのだから、向こうもこっちのことも見えて当然だと思っていて、何であの外国人は自転車がきているのによけないんだと不思議に思っているかもしれない。

つづく