このソ連の旅は例外でぼくの旅のスタイルはだいたい安宿に泊まり歩くというもので、宿を予約したという経験もこのときだけだ。
西ヨーロッパや 北米を旅したときに泊まっていたのはほとんどがユース・ホステルだった。これらの地域でユース・ホステルがなければ同じ予算で行けるとこ ろはかなり限られたものになってしまうだろう。だいたいがキッチンの設備があるので自炊できる。西ヨーロッパや北米ではほとんど自炊して食事していたた め、各地の名物料理というのをあまり食べられなかったのは残念といえば残念なのだが、レストランに行っていればすぐに旅費がなくなってしまって行きたいと ころにも行けなくなってしまったはずなのでこれはあきらめるしかない。
ユース・ホステルはだいたい似たようなところが多いのだが、中にはちょっと変わったところがあって、例えばスウェーデンのストックホルムの港には船のユース・ホステルがある。もちろんもう船としては使用していないのだが、中を改造して泊まれるようにしてある。
カナダのニュー・ブランズウィック州、キャンベルトンには灯台のユース・ホステルがある。現役で現在も使用されている灯台と同じ棟にユース・ホステルがあるのだが、現役の灯台ということで中に入ったり、上ったりはできないのであまり意味はないのだが。
ぼくが今までに泊まったユース・ホステルで一番の変わり種は同じくカナダのオタワのユース・ホステルで、ここは元監獄の宿である。
中には鉄格子のついた手を広げれば届くほどの幅の狭い独房が並んでいる。その独房を隔てている壁を二つ三つぶち抜いて広げた部屋に二段ベッドが二、三台 入っていて、そこに寝泊まりする。並んだ鉄格子の扉のひとつが開いていてお客はそこから出入りする。鉄製の扉を開け閉めするたびに扉はきしみ音を立てて閉 まりそれが通路に響く。建物の上には昔使っていた公開絞首刑台があり、縄の輪っかも付けてある。
そのユース・ホステルに入所して監房で寝ころん でいるうちに気がついた。ここは独房二つまたは三つ分のスペースに二段ベッドが二つまたは三つ入ってい る。つまり昔は囚人が二、三人しか入っていなかったところに今はその倍の四人から六人を泊めているのだ。我々の扱いは囚人以下なのか! しかもお金まで 払っているのだ。
週に数度、一般の人も参加できる無料の所内観光ツアーが行われる。監房の鉄格子は昔のままで通路から中は丸見えなので一般の観光客がぞろぞろと通路を通って我々収監者を見学していく。
お化けが出るといわれている監房もあって、そこに一晩泊まると次の日はただで泊まれるらしい。お化けの監房はともかく普通の監房でも気持ちが悪いといっ てすぐに出所していく人もいた。鉄格子のきしむ音などはあまり気持ちのいいものではないし、想像力豊かな人は昔同じ場所にいた囚人のことなどを考えてしま うのかもしれない。ぼくは面白くて気に入ったのでオタワではずっと厄介になっていた。
つづく