[宿泊]ロスト・イン・アコモデーション その3

 東ヨーロッパにはユース・ホステルは少ないが、全般に物価が安いのでふつうの宿に安く泊まることができる。でも宿の絶対数が少ないところが多く、そういう国ではプライヴェイト・ルームというシステムのあるところが多い。
 プライヴェイト・ルームというのは空き部屋のある一般の家庭が旅行者に部屋を貸すシステムで、観光案内所などに登録してあるのを紹介してもらう場合が多 い。イギリスなどのB&B(ベッド・アンド・ブレックファスト)に近いが、東欧の場合は本当に一般家庭の空き部屋に泊まらせてもらう感じに近いので当たり 外れはあると思うが、地元の人のうちににおじゃまできてなかなか楽しい。
 ハンガリーのブダペストではプライヴェイト・ルームもかなり商売として成り立つようになっていて客引きまで行っているところが多かった。ぼくの泊まった プライヴェイト・ルームにはこの頃旅の途中の日本人が住み込んでいて、ベッドと食事だけもらって無給で客引きなどの「番頭」業務をしていた。
 そこには他にも面白い日本人の旅人がいて、我々から「ホームレス山田」と名付けられたその男はぼくがブタペストの駅に着いた時に、プラットフォームにぽつんと立っているのを見かけていた。しかしその時は声を掛けるわけでもなく通り過ぎた。
 そのプライヴェイト・ルームに投宿した後、この宿の番頭さんも客引きの際に彼に駅で会い、彼は我々の宿にやってきた。そして彼は驚異の超異次元体験を我々に聞かせてくれた。
 ホームレス山田はその前日にブダペスト東駅に着いた。ブダペストにはプライヴェイト・ルームの数が多いので過当競争になり駅での客引きが当たり前になっ ている。彼はある客引きと交渉して、その人が紹介するプライヴェイト・ルームに泊まることにした。そこで数日分の宿代を払い、彼はさっそく町へ観光に出 た。
 夕方、彼はその日の観光を終え自分の宿に帰ることにした。しかし彼はこの時すでに知らぬ間に恐怖の超異次元空間にはまり込んでしまっていたのだった。彼 はいくら歩いても自分の宿に帰りつけなかった。いくらさがしても歩き回っても自分の宿を見つけることはできないのだった。彼のまわりの空間がねじれてし まったのか、知らぬ間にパラレルワールドにワープしてしまったのか、知らぬ間に宇宙人が彼を拉致し記憶を消してしまったのか、あるいは彼の宿は消滅してし まったのだろうか…。

 彼は迷子になってしまったのだった。

 彼は自分の泊まっているプライヴェイト・ルームの場所が分からなくなってしまったのだ。彼はこの異国の町で迷子になり、完全にパニックにおちいり狂った ように町を歩きまわったが、自分の泊まっている場所、そしてその時にもっていた手荷物以外のすべての荷物が置いてある場所は見つけられなかった。
 彼がこの日、自分の宿を見つけることを断念した時には夜もとっぷりと暮れていたため、彼は小さなデイ・パックを持っただけで百ドル以上する高級ホテルに泊まったそうだ。
 その次の日、つまりぼくがこの町に着いた日、東駅でぼーっと立っている彼をぼくが見掛け、その後番頭さんが声を掛けた。彼がそこにいたのはそこで待っていたら前日客引きをしていた男がまた客引きにそこへ来て、彼に会えるかもしれないと思ったからだ。
 彼はこの日も宿を見つけられずに(百ドルのホテルではなく)我々のプライヴェイト・ルームに泊まり、次の日ついに二日ぶりに自分の宿を発見した。彼が絶対の自信を持ってそこではない、この通りではないと信じて疑わず探していなかった通りに彼の宿はあったということだ。
 この話にはまだちょっとしたオチある。
 彼は日本で地図を製作している会社に勤めていたのだ。確かに彼は自分の宿のまわりのことだけは詳しく覚えていた。

つづく