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暇に飽かす
暇なのをよいことにして長い時間をかける。
「暇に飽かして本の整理をする」(広辞苑第五版)
暇(ひま)に飽か・す
暇があるのにまかせて、時間をかけて物事を行う。
・ ―・して世間話に興ずる(大辞林 提供:三省堂)
ウェブ上では「任せて/まかせて」が一番多い。
最初は「暇に任せて」といういい方は間違いなのかと思っていたのだが、大辞林の説明に「暇があるのにまかせて」なんて言葉が出てきたりしたので、間違いという訳ではないのだなと納得。「暇(があるの)に任せて」でよいのか。
でも慣用には「暇に飽かして」がよさそう。「飽かせて」でもまあよさそう。

買ったもの:ブルートゥースイヤフォン
製品名:Anker SoundBuds Slim+
買ったところ:アマゾン(商品リンク)
購入時期:2017年11月
価格:2499円
おすすめ度:★★★★☆
モバイルバッテリーで有名になったアンカーのブルートゥースイヤフォン。
発売日割引セールで2499円で購入したが、結構しょっちゅう割引セールしてて、もっと安くなってる時もあるので、チェックしてれば安く買えそう。
Anker | SoundBuds Slim+
■特徴
金属ケース。
防水 IPX5。
まずまずのデザイン。
磁石でくっつく。
■音
フツー。
■接続性
全く問題なし。
■同時接続
仕様に書かないというずるいことをしていますが、複数機器同時接続に対応していません(オフィシャルページの製品仕様少なすぎ)。
複数の機器を登録しておくことはできますが、一度に一つの機器としか接続できません。別の機器と接続する時はイヤフォンのボタン操作で接続を解除して、別の機器と接続しなければなりません。
今時のブルートゥースイヤフォンでわざわざこの仕様にする意味は謎。どんな安物ブルートゥースイヤフォンでもだいたいは複数(たいがいは二つ)機器同時接続には対応しているのに。高いやつなら三つ以上の機器に同時接続できるものもある。この仕様で使用時間が大幅に伸びたりするんだろうか。
この仕様はこの機種を選ばない大きな理由になりうると思います。
■使い具合
操作ボタンがイヤフォン本体ではなく左右をつなぐケーブルの右側についている。有線イヤフォンではよくある場所。マイクロUSBの充電口もここ。
操作ボタンが本体がいいか、ケーブル途中がいいかは、使う人の好みによるが、ぼくはどちらかというと本体についている方がシンプルで好きだが、イヤフォン本体がこの機種くらい小さいとボタン操作がしにくくなるので、これはこれでいいでしょう。
イヤフォンに磁石が内蔵されていてくっつくようになっている。外した時に首にかけたままくっつけて外れないようにする。
このくっつける動作で再生停止ができるようになっている機種もあるが、これはそれには非対応。
■バッテリーの持ち
仕様は7時間。ほんとに?
7時間だとテストも大変だよ。
今回も接続機器はブルートゥース4.0。イヤフォンは4.1対応。
連続使用テスト。
結果。6時間45分!
6時間過ぎたあたりからバッテリー不足の警告音が何度も出だしますが、そのまま再生は続き、6時間45分。
おしい。音量小さめなら仕様通り7時間いきそう。
すごい。このコンパクトさでこれだけ持てばすばらしいです。
というかほぼ仕様通りにバッテリーが持つなんて信じられない。インチキなメーカーなら「連続再生10時間!」って盛ってくるでしょう。
この製品の一番の売りかな。
[まとめ]
■いいとこ
金属ケースでそこそこのデザイン、防水仕様で格安。
磁石でくっつく。
このコンパクトさで連続使用約7時間。
18ヵ月保証付。
■だめなとこ
複数機器同時接続に対応していない。
複数機器同時接続に対応していない。
複数機器同時接続に対応していない。
複数機器同時接続に対応していないのにはびっくり。仕様に書かないのはずるい。
連続再生約7時間はすばらしい。
前略、
シリアからトルコへ。
イスタンブールには前回の旅で来ていたこともあってのんびりと過ごした。
だが、その頃そこで滞在するにはちょっと注意が必要だった。観光客を狙ったある犯罪が増えていたのだ。
ルーマニアの友人はトルコに行くと催涙スプレーを吹き掛けてくるような強盗がいるから絶対行くなと忠告してくれた(トルコは近隣国の人たちにたいがい評判が悪い)が、イスタンブールにはそれに近い睡眠薬強盗というものがはやっていた。
旅行者のカモに同じ旅行者などを装った犯人が近づいて話しかけ、しばらく一緒に観光などをして親しくなり安心させたところで、犯人はカモに紅茶などを勧めてくる。それにはたっぷりの睡眠薬が入っていてカモは眠り込んでしまい、その間に犯人は貴重品をゆっくりと盗むというものである。
中には親しくなるまで丸1日以上一緒に行動して安心させる者や、喫茶店で出された紅茶なので大丈夫かと思ったらそれに薬が入っていたり、固形物なら大丈夫かと思ったらクッキーなどに塗り込んであったりと手が込んでいるらしい。
しかもその睡眠薬の量がかなりのものらしく、一口飲んだり食べたりしただけで、すぐに効いてきて、おかしいと思ったときにはもう立ち上がることもできずに昏倒してしまうというほどのものらしく、その後気付いた時には貴重品を盗まれて真夜中の広場で独りぼっちということになるらしい。
イスタンブールに来るまでは噂が大きくなってるだけで、大したことはないのだろうと思っていた。日本人のたまる安宿には日本の大使館からのその犯罪に関する御触書きまであったが、それでも事なかれ主義の外務省はいつもおおげさに書くからと思っていた。
でも泊まっていた宿で実際に被害者の一人に会ったり、冬に被害にあって眠り込んでしまって凍死してしまった人がいるなどという話を聞くとさすがに気をつけなければという気になった。
聞いた話の中からひとつ変わったものを紹介する。
ある二人組の旅行者がこの犯罪に遭い、そろって睡眠薬で眠らされてしまった。気付いたら一人からは貴重品が根こそぎ盗まれていたのに、もう一人のほうからは何も盗まれていなかったという。盗まれなかったほうが持っていたバッグの中にはお土産に買っておいたコーランが一冊入っていたらしい。犯人が大変「敬虔な」イスラム教徒だったために助かったというはなし。
もともとイスタンブールは観光客の非常に多い街なので、怪しげな客引きや物売りなども昔から多いところだった。
どんどん増えている最大の「お客さん」である旅行者の国の言葉を覚えて、「コンニチワ」「スイマセン」「日本人デスカ」「トテモ安イヨ」「見ルダケ、タダ」などの商売用語を駆使する連中がとても多く、それらの言葉で話しかけても知らん振りを決め込む東洋人には、後ろから「落チテマスヨ」と、声を掛ける。日本人なら思わず振り向いて下を見るので、最大のお客を見逃すことはない。それでも相手にされなければ、「馬鹿ヤロ〜!」と、捨て台詞を浴びせ掛けるというなかなか楽しい町なのである。
イスタンブールの観光地で日本語で話しかけてくるトルコ人はほとんどが商売人で、しかも怪しげな片言の日本語を駆使するだけなので「日本語を話すトルコ人=いんちき商売人」という図式ができあがっていてほとんど逆効果なのだが、彼らはまだあまりそのことに気付いてないようである。
ある絨毯屋のオヤジは日本にいたこともあり、日本語を完璧に話すのだが、外で使うと詐欺師だと思われるだけなので使わないといっていた。彼は日本人にお茶を出すとき「砂糖と睡眠薬はどれくらい入れましょうか」と、イスタンブール・ギャグを飛ばしていた。
このころちょうど2000年のオリンピックの開催地が決まった。イスタンブールも立候補していたのだが、見事に落ちてシドニーに決まった。イスタンブールの市民には悪いが、当然の結果といえるだろう。
イスタンブールはその後もしつこく立候補をつづけていたらしい。2012年のオリンピックにも立候補していたそうだが、あっさり一次選考で落選した。天敵ギリシャのアテネに先を越され、まさかの中国北京にも負けて、ショックは隠せないだろうが、とりあえず治安をよくしてから出直してきてほしい。
草々
リガを出発、エストニアに入る。
タリンは三国の首都の中では一番進んでいる町だった。フィンランドが海を挟んですぐ近くで、そこのテレビやラジオを常に見て聞いていたというのも関係があるらしい。エストニア語とフィン語は共にウラル語族に属していて、互いに理解し合えるほど似ているということだ。しかし、長年に渡って、自分たちと似た言語で流されてくる自国とまったく違う隣国の繁栄と発展と退廃の映像を彼らはどんな気持ちで見ていたのだろうか。
それらのお手本を長年見ていただけあって、独立後の彼らは変化も早かったようだ。独自のなかなかかっこいいファスト・フードの店がすでにあり、パスタやアイスクリームなどを売っていた。
独立後、ソ連時代は胸を出すのも御法度だったポルノもいきなり完全に解禁になり、北欧やアメリカのノーカットのポルノ雑誌を切り張りして複製しただけの雑誌が馬鹿売れしていて、ポルノ雑誌長者も出たそうだ。
三国の中では進んだ首都でありながら、タリンの旧市街はとても美しかった。小さな丘の上に立っている坂の多い旧市街はとても絵になった。
旧市街を観光中、日本人の若い旅人にあった。彼はフィンランドから船で入ってきたということだったが、彼のこの国の情報源は日本で買ったソ連のガイドブック(バルト三国が含まれている)だったので安宿の情報が全くなく、来た時は安宿をかなり探しまわったが、見つからなかったので仕方なく旧ソ連の国営ホテルだったところに大枚50ドルも払って泊まっているとのことだった。彼はその日のうちにフィンランドに帰るということだったので、ぼくが40クローニ(約360円)の宿に泊まっていることは内緒にしておいてあげた。
ぼくがこっちへ来る前に一番恐れていたのがこのことなのだ。貧乏旅人にとって「情報は金なり」なのである。
タリンからこれまで来た道を一気に南下する。
タリンからリガを通過してビリニュスへ約790キロほどの道のり。ビリニュスで一泊した後、予約してあったバスに乗り、ワルシャワへ。
深夜にワルシャワに着き、ネオンサインの輝く明るい街を見ると、最初着いたときには古くさくしょぼく見えたこの町がとても進んだ文明国の大都市に見えた。
草々
追伸、この旅は1993年のことです。

前略、
午前11時ごろに出発。自転車で多摩川左岸をさかのぼる。
晴天、無風、気温低めと自転車日和。最初のうちはもう何回も往復した道なので、好き勝手に歩いたり走ったりしている歩行者や自転車に呪いの言葉を吐きながら進む。
福生市に入り、睦橋を渡ると秋川に出る。ちゃんと川沿いに道路もついていて、河原も自然な感じで、ショベルカーで平らにならされてしまっている調布周辺の多摩川の河原と違っていい雰囲気だ。
突然現れる高架橋(Google Maps)や東京サマーランド、東京セサミプレイスをすぎた辺りから川沿いに進めなくなり、最近の地図を持っていないこともあって道に迷う。間違ってゴルフ場へ続く道を上ってまた戻ったり、持っていた20年前の地図には載っていない長〜い五日市トンネルを通ったりしているうちに完全にどこにいるか分からなくなってしまった。それでもなんとか秋川をみつけ、さかのぼっていたのだが、秋川のどの辺にいるのかが分からず、最初の目標のJR武蔵五日市駅になかなか着かない。
なんのことはない行きすぎていたのだった。檜原街道沿いに戻って、JR五日市線の終点、武蔵五日市駅到着。
しばらく休み、エネルギーを補給して、再び出発。秋川街道を進む。
小峰峠を越えるのに長いトンネルをくぐる方法もあるが、車両通行止めになっている旧道もあるのでそっちを行く。坂道を上り、短いトンネルを抜けると小峰峠。小峰というぐらいなのでたいしたことはない。
ここからはずーっと何キロも長い長いゆるやかな下り坂がつづく。これは逆回りで来なくてよかった。だらだらといつまでも続く上り坂ほどつらいものはない。
すぐに川口川が合流するが、小さな川で右に左に蛇行しながら車道と付かず離れず一緒に進む。川幅が広がり川らしくなったところで近づいてみると川沿いに道がついていたので街道を離れそちらを行く。
八王子に近づくと、浅川と合流。浅川を下る。浅川は広い川だが、両側の土手道はあったりなかったりで、以前道路状況を調べたメモも持ってきていなかったのでかなり回り道などしつつ下った。
再び、多摩川に合流し、出発点に戻った。戻ったのは5時前だったかな?
走行距離:77.9キロ(道に迷わなければもうちょっと短いはず)
走行時間:4時間47分(停止していた時間は入っていない)
草々
秋川はなかなかいい雰囲気だ。
河原が荒らされていないのがいい感じ。
突然巨大な高架橋が現れる。
最初の目標、JR武蔵五日市駅
小峰峠
川口川でも川沿いの道が始まる。
道は舗装されていたり、いなかったり、車道だったり。
川口川と浅川の合流点。でっかい魚がうようよ泳いでいた。
前略、
一泊で出るゴミ用の小さなビニール袋は持っといたほうがいいな。
荷物は使用状況別にパッキングしたほうがいいな。「テントの中で使うもの」(目覚まし時計、日誌、ラジオ、ヘッドランプ、本など)とかね。
自転車で長距離走るとやっぱりお尻が痛い。カナダで走ったときもお尻にできものができてしまった。サドルもけっこういいやつでパッドが入っているけど痛い。パッド入りパンツを買ったほうがいいな。でもあのぴっちりパンツはいやだからインナーパンツにしてズボンの下にはこう。
カメラはフィルムかデジタルか、悩みに悩み、一時は充電やデータのバックアップのことを心配しなくていいフィルムカメラにしようと決定していたのだが、やっぱりちょっとでも荷物を少なくするためデジタルにすることにした。替えのバッテリーをひとつ買い足したのでこれでなんとかしよう。
石油製品の服はあまり好きではないのだが、速乾素材の服はやはりいいね。いまはユニクロでも売ってるから便利。モーターバイクとバイク(自転車)の違いは、速く走れば走るほどモーターバイクは寒くなるけど、バイクは暑くなること。どうせ石油を使うならぼくは服のほうにしておこう。
草々
ミャンマーには車が多い。
ミャンマーに田舎な国を想像していった人たちは意外に都会で騒がしいミャンマーの町に驚いてしまう。ぼくのようなラオスが大好きな人間は、ミャンマーも勝手にラオスのような「なにもない田舎ないい国」ではないかと期待して行ってしまうので最初は面食らうのだ。
ミャンマーには車が多くて、そのほとんどが日本の中古車だ。
まずヤンゴンの空港に降り立ったとき(今どき珍しくタラップで滑走路に降りる)から名古屋の市バスが出迎えてくれる。広告やペイントも日本にあったときのままだ。
町を走るバスも日本各地からやってきた中古バスである。
長距離バスだと「○○観光」とボディにペイントされたままの大型の観光バスが走っている。
日本の車をミャンマーで使うには不都合な点が多々ある。
ミャンマーは「車は右側通行」で「距離はマイル表示」なのだ。
元イギリスの植民地で日本軍にも占領されたことがある国だが、なぜか右側通行(隣国タイはこれまたなぜか左側通行)で、これは右ハンドルの日本車を走らせるには不都合で長距離バスに乗っているととても怖い。運転手から前の見通しが利かないので追い越しがとても危険なのだ。
もちろん対策もなされていて長距離バスだと交代の運転手や助手がのっているので、左側の窓やドアから乗り出して前を確認する。
それから独特のウィンカーの使い方がある。
日本なら普通追い越すほうがウィンカーをつけて知らせたりするらしいが、ミャンマーでは追い越されようとしている前の車がウィンカーを出して後の車に追い越しても大丈夫だということを知らせるシステムになっているようだ。
市バスにはさらに問題があって日本の市バスは乗降口が左にしか付いていないのである。つまりミャンマーだと道の真ん中に向いてドアがついていることになり、さすがにこれでは危険だということでミャンマーの市バスは右側に無理矢理ドアを増設して使っている。
距離にマイル表示をつかっているのでスピードメーターが分かりにくいだろうと思ってミャンマー人に訊いてみたが、スピードメーターはほとんど壊れているので問題ないとのことだ。まあ、みんなかなり古い中古車なのでそれほどのスピードは出ないだろう。
日本のままのペイントで走っているのはバスだけではなく、乗用車やピックアップトラックも日本にあったままのペイントやバンパースティッカーで走っている。
ヤンゴンでは日本の自動車教習所の教習車がそのままのボディペイントと「仮免許練習中」というプレートを後ろにつけて走っていた。しかもその車はタクシーとして使われていた。仮免許のタクシーはいやだな。
以前行ったことのあるパキスタンでもそうだったが、日本語のペイントはかっこいいと見なされているようで、後から長方形で囲んだ「自家用」のへたくそな文字を書き込んだりしているものもあるし、ほとんど意味不明なものもある。
よく見かけたのが「勇者が古都にあいまみえる」とペイントしたものだ。
だれかが意味も分からずにどこかの日本語の資料からトレースした雛形が広まったということなのかもしれない。
ミャンマーのような豊かとはいえない国でなぜこんなに車が多いのかということは疑問に思っていたのだけど、あるミャンマー人に訊いてみたところミャンマーは産油国であるとわかってかなり納得がいった。
しかし車が多い割には道の整備がよくなくて、特に乾期には町中でも砂ぼこりがたち、長距離バスに乗ると着く頃には車内は砂ぼこりだらけ。体や持ち物が汚れるくらいはたいしたことないのだけれど、呼吸といっしょに体内にはいるので、ミャンマーにいる間中、のどの痛みと咳、痰には悩まされた(マスクを持っていくとよいかも。暑いからだめかな?)。
日本の中古車が入ってくる前はアメリカ軍のウィリスジープがたくさん走っていたそうで、田舎に行くともう明らかに何十年もたっているだろうと思われるのにまだけっこう現役で走っています。
最後にヤンゴンの空港の滑走路で走っている名古屋の市バスの「次止まります」ボタンはまだ使用可能であるということ付け加えさせていただく。
草々

前略、

「ご存じ〜」に続き、初版である「古今東西噺家紳士録」のほうの演目、ファイル名対応表も作ってみました。お役に立ちますか。間違いがあったらフィードバックをお願いします。
[演目、ファイル名対応表]
草々
前略、
近藤勇はなんで局長なんだろう。何局の局長だ。アジア・オセアニア局か。
上っ面だけ調べてみたところ新選組には一番隊、二番隊などというものがあってこれの頭が組長というではないか。いったいどうなっているんだ。なにか深い深い理由があるのか、それとも「まったく近頃の若いもんときたら言葉が乱れて」いたということなのか。
[教えて!goo] 新撰組の「局長」という役職名について
草々
野良無線LAN探しの旅でセキュリティにめざめて、少々調べた。
無線LANの最も一般的なセキュリティ対策であるWEPは筋金入りのクラッカーにとっては解読可能で全くセキュリティでもなんでもないらしい。SSIDのステルス化やMACアドレスによるフィルタリングも意味がないとのこと。
WPA、WPA2というセキュリティ設定がよいとのことなので、そいつに変更。長めのプリシェアード・キーを設定。
アイポッド・タッチでいったんWEPでの接続を破棄して、その他からWi-Fiネットワーク名 、セキュリティ設定、パスワードを入力して、再接続。アイポッド・タッチのタッチキーボードは打ちにくいのに加え、プリシェアード・キーは「*」でしか表示されないので、長い暗号鍵を間違えずに入力するのはなかなか難しい(間違えても分かりづらい)。暗号生成のため鍵なのでパスワードみたいに短くするのはだめ。英語キーボードに切り替えて入力するのは基本。
WPA、WPA2によるセキュリティ設定をきっちりしておけば、MACアドレスによるフィルタリングやSSIDのステルス化は特にやる必要はないらしい。
羽田空港へ人を見送りに行き、はじめて外からアイポッド・タッチでメールを送った。
空港内には有料の無線LANはかなりあるようだが、無料のものは何ヶ所かにあるエアポートラウンジがフリースポットに対応しているぐらい。そのエアポートラウンジも利用自体が有料なので、そこに近づいてもれてくる電波を利用した。
第二ターミナルの出発ロビーは二階にあり、中三階のようになっているところにあるエアポートラウンジが上に見えている。出発ロビーからそこへ近づくと、アンテナが三本中二本立ち、通信を確立できた。しかし、つながりはかなり細くとぎれとぎれでしか通信できなくて、サイトの閲覧やメール送信をするのはかなり時間がかかった(送信は何度か再試行しなければならなかった)。
たまには国際線も発着している空港だというのに、無料の無線LAN環境がこんなに貧弱なんて、がっかり。
前略、
焚き火野宿大会が近づき、選択を迫られた。
一次会の焚き火焼き芋大会のみ出席して、野宿大会をパスするか、はたまた野宿もするか。
野宿するには持っている装備が貧弱すぎた。夏用の羽毛寝袋があるだけだった。マットを買えば済むような問題とも思えなかった(リッジレストを買う前の話)。なにせ夏用の寝袋なのだ。野宿初心者のぼくにはテントくらいないと到底耐えられそうになかった。
なにか安いのでいいから買おうと、最初の選択肢に浮かんできたのが、ロゴスという会社の「TDラピーダ」というテント。この製品の最大の売りは設営が簡単なこと。本体とポールが一体化していて、折り畳まれたポールも簡単に一本になるので、折畳み傘を開くようにテントが立つらしい。ナチュラムのサイトでは半額以下の7000円弱と安いし、これしかないと思ったのだが、いや待て、3.4キロは重いぞ、耐水圧も低いぞと気付いてしまった。
同じメーカーの「クイックツーリングドーム200」なら、値段もほとんど同じで3キロと軽い。でも耐水圧はやっぱり低い(耐水圧が低いと長雨だと水がしみてくるそうだ)。
さらに同じところの「ツーリングドームDX」だと、耐水圧は1500ミリだし、重さも2.5キロではないか。ちょっと高いが、もうこれだと思った。10000円弱の結構安いサイトも見つけた。が、デザインがダサいんじゃないかという印象がぬぐえなかった。
その時、コールマンの「コンパクトツーリングテントST」を見た。おお、結構かっこいいじゃないか。前室(テントの入口を出たところのタープが地面の上に張りだした部分のこと)も広そうだし。耐水圧も変わらない。あ、でも13000円弱で3.5キロもあるな。
コンパクトツーリングテントSTの「ST」とはスタンダードのことだった。ではいいのもあるということだ。そのいいやつ、「コンパクトツーリングテントDX」は何が違うのか。ポールが違うのだった。今までのものは全部ポールがグラスファイバーだったのだが、こいつのポールはアルミ合金(ジュラルミン)で軽くて、強いということだ。それで重さが2.9キロに減量している。いいテントは決まってポールがアルミ合金なのだ。安物はグラスファイバー。いいのがいいに決まってるじゃないか。でも、どこを見てもだいたい20000円前後はしていた。うーん、そこまでは出せないな。アウトドア人じゃないし、旅人だけど、旅に3キロもあるテントなんか持っていかないし。
やっぱり、ロゴスのツーリングドームDXにするかなと思ってたら、コンパクトツーリングテントDXの安いサイトが見つかった。15000円は安いぞ(ずっとあるかどうかは知りませんが)。
って訳で結局これを買いました。コールマンはロゴをみても分かる通り、もともとランプのメーカーらしく、テントは筋金入りのアウトドア人にはそんなに評判がいいわけでもないし、アメリカのコールマンのサイトにはこのテントは載っていないから、日本のコールマンの企画商品かもしれないけど(ガイジンさん向けのテントは多分ばかでかいのでしょう)、まあとりあえず判断は使ってからしてみます。
草々
川原の道は車両通行止めになっていて静かな場所だったが、時々目が覚めた。中洲を走っているのか、アホの子のバイクの音、鳥の鳴き声、よく分からない音。目が覚めてそろそろ明け方かなと思って時計を見たらまだ午前一時だった。もう一度寝て、今度は四時ごろに目が覚め、すでに明るくなってきていたので起きる。
五時過ぎに朝食。持ってきたテントは前室が大きく取られているのでそこで調理ができて便利(重すぎるけど)。六時過ぎには撤収を開始して、出発。
基本は相模川沿いに下っていくのだが、相模川は川沿いを自転車で進むようなことは全く考えられていなかった。地形的に川沿いに道がとれないのはしかたがないが、たまに川沿いに道があっても舗装はないし、行き当たりばったりで途切れているし、「ラオスの山道かっ!」というようなでこぼこの泥道も多かった。たまに整備されていてもほんの短い区間だった。多摩川の神奈川県側を見てもわかるが、県の財政が厳しくてそこまで手をかけられないのだろう。
苦労してなんとか海まで到達。茅ケ崎の海岸には川とは打って変わって気持ちのよい自転車道があり、波のない海のサーファーなどをながめながら進む。
最初はこの辺りの海岸で二泊目をしようと考えていたのだが、まだ午前中だったので、いえに帰ることにする。
海岸沿いの自転車道は地下道で引地川の自転車道に続いている。そのあとさらに東にある境川まで車道を走ればこちらにも国道一号線を過ぎた辺りから右岸に自転車道が付いていて北上できる。
すぐに異様な高層ビルが現れて目を引く。某共和国の首領様が好みそうなデザイン。この手のデザインの建物は十中八九新興宗教の施設と見て間違いなかろうと思っていたのですが、違いました。地方出身なので全く知りませんでしたが、そこは横浜ドリームランドの跡地らしく、くだんの怪しい塔はホテルエンパイアという宿泊施設だったそうです(現在、大学に改装中!)。
軽い雨が降ってくる。ただ前に進むことだけを考えて黙々と進む。町田を過ぎ、桜美林学園の近くまできたところで自転車道を離れ、尾根緑道(戦車道路)に向う。こちらも自転車歩行者専用道になっている。尾根というくらいなので高台になっていて上り下りがあってぐったりと疲れた体にはつらかったが、がんばって進み、京王多摩境駅があるところで尾根を下り、京王相模原線沿いに走ると多摩センター辺りで乞田川に合流する。乞田川を下るとついに多摩川に合流し、ゴール。素人に一日百キロ超はつらかった。出発時から体重1.0キロ減。[本日の走行距離:117.02km]
草々
前略、
イランのイスラム革命の後もアメリカの誤算は続いた。
革命の年、ホメイニ師の革命評議会に支援されたとされるイラン人学生により、テヘランのアメリカ大使館がイラン政府の転覆を狙うCIAのスパイの巣窟であるとして、襲撃・占拠されるという事件が起こった。52人の大使館員などを人質にしたこの占拠は444日間も続いた。
次第にホメイニ師を頂点とする国家体制は固まりだし、革命を境にしてイランとアメリカの関係は180度変わり、お互いを「帝国主義の大悪魔」「テロ支援国家」と呼びあうラブリーな仲になる。そして、この時以来「大悪魔」であるアメリカ国籍を持つ者はイランに入国することができなくなった。
旅人の立場からいえば、アメリカ人旅行者はユーラシア大陸を陸路横断するときに最もポピュラーであるパキスタン〜イラン〜トルコというルートが通れないので、ロシアか中央アジアを通るしかなくなった。
タブリズに滞在した後、ぼくはせっかくイランまで来たのだからと、世界一大きな湖であるカスピ海を一目見ようと、バンダレ・アンザリ行きのバスに乗った。
バンダレ・アンザリでバスを降りたのはぼく一人だった。他の乗客はもう少し行ったラシュトという町まで行くらしい。まだ夜明け前の4時だった。
すぐ近くにあった宿はベルを鳴らしても反応はなく、歩道で鞄の上に座って夜明けを待っていた。パトカーの警察官に不審尋問などを受けたりしながら、秋の夜長をやり過ごしていた。
車が時々通るのだが、そのうちの一台から軍服を来た若い男が降りてきた。男はぼくに気が付くと近づいてきて話しかけてきた。タブリズでのこと以来、イラン人の若い男と話すのは気が重かったのだが、彼はイラン人には珍しく滑らかでなかなかうまい英語で話しかけてきた。この国では学校で英語を教えていないらしく、英語の普及率はこれまで訪ねた国の中で最も低かった。一般の市民に英語は全く通じないといっていい(そのかわりとても流暢な日本語を話すイラン人がけっこういる。日本にいたことのある人たちである)。
彼は前のような失礼な奴ではなく、宗教の話もしてこなかった。そしてアメリカの悪口をいうこともなかった。それもそのはずでしばらく話していると、彼は問わず語りにびっくりするような話を始めた。
彼は以前アメリカに住んでいたというのだった。
彼と彼の家族はアメリカのフロリダ、その前はワシントンに住んでいたというから、テニス・プレイヤーのアンドレ・アガシのような革命以前に移民をしたイラン系アメリカ人だったのだ。
彼らはアメリカからイランの親戚を訪ねるという名目で革命後のイランの入国を許されたらしい。無事イランに入国して親戚に再会した後、アメリカに帰ろうとすると当局は空港で彼らの出発を許さず、全員にイランからの出国を禁じてアメリカの旅券を取り上げてしまったのだそうだ。
アメリカに彼の父親の仕事も彼らの家も財産も友人もすべて残したまま、彼らは遥か遠くのイランという国の中に軟禁され自分たちの国に帰ることができなくなってしまったのだった。
彼の父はこの時には、アラブ首長国連邦のドバイで働いているということだが、彼自身は徴兵を受けていて、これから軍に戻らなくてはならないということだった。家族のうちの誰かは人質としてイランにいなければならないということなのだろうか。
彼はぼくがそこにしばらくいられるのなら、休みの時に遊べるのにといった。残念ながら滞在期間が2週間しかないのでそれはできそうになかった。
彼は英語を話したのも久し振りだといった。ぼくは彼にこの国に来たのはいつなのか尋ねた。それは10年前、彼が10歳の時だったそうだ。
彼の英語を聞いた時、比較的滑らかな英語だとは感じたが、母国語だとは思わなかった。英語を話す人の極端に少ないこの国では英語が多少危うくなるのも仕方がないだろう。
彼はまたこの国に来る予定はあるかと尋ね、ぼくが分からないというと連絡先を書いてくれた。彼はぼくと話せて楽しかったというと、来た時と同じように車をヒッチハイクして出発してしまった。
彼と実際に話していたのはほんの30分ぐらいだっただろうか。
ただ、親戚に会うためだけに両親に付いてちょっとした旅行気分で来た、宗教も文化も文字も言葉も全く違う、しかも自分の生まれた国を最大の敵としている異国に突然閉じ込められ、故国に戻れなくなった10歳の少年はそれをどう理解したのだろう。
それからの10年はどんなものだったのだろう。
国と国との仲違いに巻き込まれてしまった彼ら家族はこれからどうなるのか。
彼と彼の家族が「祖国」に戻れる日ができるだけ早く来るように願っている。
草々
以前はインクジェットプリンターを持っていたが、何年か前に売ってしまった。
あまり使わないから。年賀状も刷らなかった。
プリンター本体を安くして、再利用やクローンを作らせないためにチップまで組み込んだばか高いインクカートリッジでもうけるという、使えば使うほど損をするビジネスモデルも気に入らない(それでいてカートリッジのリサイクルにご協力をって、なめているとしか思えない)。
それでもパソコンで作ったファイルをプリントしたくなることがたまにある。
コンビニエンスストアでパソコンのファイルをプリントできるサービスがあるのを何年か前に知った。
■ネットプリント
富士ゼロックスがセブンイレブンで展開しているサービス。
パソコンからネット経由でファイルをアップロードすると、受け付け番号が発行される。
その番号をメモって、セブンイレブンのコピー機のネットプリントから入力するとファイルがダウンロードされてプリントできる。
ワード、エクセル、パワーポイント、jpeg、pdfなどに対応。
1ファイル2メガバイトまで。全部で10メガバイトまで。
白黒 20円/カラー 60円(B4まで)、100円(A3)[仕様・注意制限事項]
少し前まで1ファイルの容量が1メガバイトまでしかなくpdfの容量を落とすのに苦労したが、2メガになりだいぶ楽になった。
と思っていたのだが、先日からファイル容量は規定以内なのに、セブンイレブンでコピーしようとすると「メモリオーバー」と出て、プリントできないことがつづいた。
そんなに複雑なデザインのpdfではないのにもかかわらず、どれだけ圧縮して容量を落としても同じだった。コピー機がファイルを展開するときにメモリ不足になってしまうのかもしれないが、こんなんでは使えないではないか。
ほかに同じようなサービスはないのかとさがしてみた。(追記あり)
■その場でメディアからプリント(ローソン)
USBメモリやSDカードなどにファイルを保存して、ローソンに持っていき、コピー機に突っ込んでプリントできる。
ファイル形式 pdfとjpegのみ。容量制限、特に記載なし。
白黒 20円/カラー 80円(共にA3まで)
対応するファイル形式がpdfとjpegしかないが、ぼくが利用するのはほとんどpdfなので問題なし。ネットプリントがプリントできなかったファイルも問題なくプリントできた。
だだ用紙に合わせて拡大縮小を自動でしてしまうので、大きさが重要なプリントはローソンでは厳しい。
ネットプリントはパソコンを持っていない離れたところにいる人にプリントアウトを見せるのにはとても便利だとは思うが、「メモリオーバー」エラーが頻発し、それもコピー機でプリントしようとするまで分からないようでは、信用して使うことはできない。富士ゼロックスはいますぐなんとかするように。
■追記
セブンイレブンもその後、コピー機が進化していろいろなサービスが増えた。メディアからもプリントできるようになった(サービス名、文書プリント)。
メディアからだと容量の制限がないようなので、ネットプリントできないものもプリントできそう。セブンイレブンのpdfのプリントは制作した大きさでプリントできているのだが、たまにプリントがやたら端によって端っこが切れてしまうことがある。
ネットプリントは対応しているのに、メディアからだとワードやエクセルファイルはプリントできない(同じコピー機なのになぜ?)。
セブンイレブンのほうがローソンより安い。
白黒 10円/カラー 50円(B4まで)・80円(A3)
コンビニでのサービス 富士ゼロックス株式会社
ドロップボックスが話題ですね。ネットにつながっている複数のパソコンのフォルダーとネット上のストレージを全部同期してしまうサービス。
これとアイポッド・タッチ(またはアイフォン)とレイディオシャーク(パソコン用ラジオ)を組み合わせれば、ソニーのロケーションフリーのラジオ版みたいなラジオサーバーが構築できるんじゃないかなと思ったのでやってみた。
レイディオシャークの初期設定で、まず保存形式の「bookmarkable」ははずしておく。こうすれば.m4aファイルになる(bookmarkableファイルの.m4bだとあとで困る)。
で、音声ファイルの保存場所をドロップボックスの同期フォルダーの中にすれば、レイディオシャークが録音した音声ファイルはできた尻からネット上のドロップボックスのストレージに同期される。簡単だ…。
(つづく)


